よみもの・連載

駆け込み寺の女たち

第二話 小姑の根っこ 後編

遠藤彩見Saemi Endo

 中門の向こうの騒ぎが静まったのち、しのは寺役場に呼ばれた。
 下役について境内から内塀を抜けると、寺役場の一角に添田万太郎(そえだまんたろう)が佇み、手ぬぐいで汗を拭っていた。添田は三人いる寺役人の一人で、しのの離縁を受け持っている。男前の閻魔様、となつが呼ぶいかつい顔が、今日はさらに険しく見える。
 しのは添田に深々と頭を下げた。
「義姉(あね)のおひさが、大変なご迷惑を――」
 よい、と言うように添田が片手を振って遮った。
「おひさが駆込門の前に崩れ落ちてさめざめと泣いた。おひさについて、そなたが話したことは真(まこと)のようだな。何としてでもそなたを連れ戻したいよう。大した執念だ」
 添田はひさの見せかけの弱々しさに騙されなかったようだ。数多(あまた)の駆け込み女と接しているだけのことはある。
「おしのにどうしても会いたい。おしのは大切な義妹(いもうと)、何としても離縁を思いとどまらせると」
「では、義姉がそこに……」
 しのは添田が背にしたお腰掛けの入口を見た。
 お腰掛けは、駆け込み女が自分の身内と面会するために設けられた控え所だ。しかし、添田は「いや」と首を振った。
「夫方の関係者は、寺役場より正式に呼び出したのでない限り、駆け込み女に会わせることはできぬ。ひさは門の外に待たせてある」
 添田がお腰掛けの障子戸に歩み寄り、引き開けた。中から待ちかねたように子どもが転がり出た。
「おっかさん」
 みよがしのに飛びつく。
 見知らぬ場所で一人待たされ、さぞ怖かったのだろう。細い両腕がしのの胴をぐいぐいと締め付ける。
「おみよ……!」
 実家(さと)の両親に預けたみよがなぜ――。叫びだしたいのを抑えて、みよの腕を、肩をさすって落ちつかせ、優しく引き剥がした。
 添田に言われるまま、みよを連れてお腰掛け――一坪ほどの土間――に入った。みよを縁台に座らせ、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いてやってから、しのは改めてみよの顔を見つめた。
「おみよ、まさか、おひさ伯母さんに――」
 みよが大きくうなずいた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『みんなで一人旅』『二人がいた食卓』などがある。

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