よみもの・連載

駆け込み寺の女たち

第三話 箱入り娘の呪い 後編

遠藤彩見Saemi Endo

 本堂を出て庫裡(くり)に戻りながら、うたはここに来た日から今までのことを思い返した。
 ぼんやりとかすんだ記憶の中から聞こえてくるのは、喧々と声を荒らげた己の声ばかり。そうさせた原因は思い出せない。小石か砂利のように、記憶の川に沈んでしまっている。
 わたしは何とみっともないことばかりしていたのだろう。
 うたは姑の心づくしの着物を寝間に大切に置き、茶の間に向かった。
 台所を覗くと、釜に向かっているなつが「おかえりなさい」と顔を向けた。夕餉の支度だ。うたは手を洗って前掛けをつけ、恐る恐るなつに歩み寄った。
 なつにも声を荒らげ、不機嫌を剥き出しにし、布団の上げ下ろしまでさせた。思い出すと顔を覆いたくなる。
 釜で何かをことことと煮ているなつが、うたの顔を窺う。
「どうしたの? 青い顔をして」
「おなつさん、申し訳ありません」
 うたは深々と頭を下げた。そして驚くなつに、さっき慈白(じはく)から聞かされた、江戸わずらいのことを一息に話した。
 なつは驚くことなく、うたに頭を上げさせた。
「慈白様がおうたちゃんにそのことを話したということは、もう、おうたちゃんは大丈夫だということね。よかったわ」
「おなつさんは、知っていたのですか? わたしが、江戸わずらいだと」
「ええ。ほら、おうたちゃんがここに来た次の日、裏庭で誰かが自分を付け狙っていると言ったあと、慈白様がわたしを呼んで言ったの。おうたちゃんは、江戸わずらいかもしれないと」
 駆け込み女の中には、江戸からはるばるやってくる者も多い。以前にも、うたと同じように取り乱す駆け込み女がいて、その女もやはり江戸わずらいだったという。そのときのことを踏まえ、慈白はなつに頼んだ。
 ──おうたさんが何を言おうと騒ごうと、とにかく受け止めましょう。
   真綿でくるむようにして、日が過ぎるのを待つのです。
   三食、玄米を食べ続ければ、やがて身も心も回復するでしょう。
 うたは慈白に言われたことを思い出した。
 ──この栗は、えもいわれぬおいしさ。
 ──わたくしのたった一つの楽しみなのです。
 そんな風に言われれば、どんなものかと興味が湧く。どんなものかと栗ご飯を口に入れ、それをきっかけに食欲が戻った。三食、玄米を食べるようになり、おかげで江戸わずらいが治ったのだ。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『みんなで一人旅』『二人がいた食卓』などがある。

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