第四話 継母の呼び名 後編
遠藤彩見Saemi Endo
三日後の昼前、庫裡(くり)にいるせいを下役が呼びに来た。
下役について境内を歩きながら、せいは夫、直秀(なおひで)の文の内容を思い出した。
――千代(ちよ)も此度の事深く受け止めている由
――共に打開の道探らんと願いおり候
板塀に穿たれた木戸をくぐり、隣接した寺役場に向かう。下役が引いた木戸から思い切って中に入り、薄暗い土間を見渡したせいは息を呑んだ。
土間に敷かれたむしろに座った直秀がこちらを向き、確かめるようにせいの顔を見つめる。
その隣では、座った千代が父の視線を追い、せいと視線がぶつかると弾かれたように目を伏せる。
千代が来てくれたのはなぜか――せいの胸の中で希望と恐怖がないまぜになった。
千代は父に命じられて嫌々来たのか、もしや自ら望んで来たのか。
下役に促され、せいもむしろの上に座った。千代の向こう側に座る直秀が心持ち伸び上がるようにしてせいに呼びかける。
「おせい、達者で安心した」
千代は父とは反対に身を縮めるようにうつむいている。寺役場など初めてだろう。きっと怯えているのだ。
声を掛けようか迷っていると奥の木戸が開き、座敷に添田(そえだ)が現れた。
添田は古い友人である直秀に小さく会釈をすると、書記に開始の合図をし、ついで土間の三人に向き直った。
「此度は娘のお千代も交えて話し合いたいと桐生(きりゅう)殿の希望。まずはお千代、正直に今の気持ちを申してみよ」
千代はうつむいたまま身じろぎもしない。直秀がせいに向く。
「おせいが家を出たことを、お千代も深く受け止めて考えた様子。お千代、おせいに詫びを」
千代は口をつぐんだままだ。夫が「お千代」と促す。
それを見た添田がせいに顔を向け、厳しく告げた。
「おせい殿。お千代が口を閉ざすこの有様、そなたによるものが大きいとは思わないか」
千代が驚いたように横目でせいを見る。直秀が座敷に向く。
「待ってくれ、添田殿」
添田は構わずせいに畳みかける。
「そなたは桐生殿とお千代が争うのが耐え難いと家を出た。しかし後添いとなった以上、不退転の覚悟でお千代と向かい合うべきではなかったか。此度の駆け込み、そなたはお千代のせいだと申しているのと同義。そのことでお千代がどれだけ心を痛めたか察するに余り有る。そのこと真摯に受け止めるがよい」
- プロフィール
-
遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『みんなで一人旅』『二人がいた食卓』などがある。