第二回 オール・アポロジーズ
深町秋生Akio Fukamachi
1
柴志郎(しばしろう)の気分は沈んでいた。
本来の仕事から外されたうえ、会いたくもない男とツラをつき合わさなければならなかった。
首に巻いたスポーツタオルで額の汗を拭い取る。トレッドミルで五十分近く走り続けており、呼吸が乱れつつあった。手足が徐々に重くなってくる。
隣の近藤憲一郎(こんどうけんいちろう)に鼻で笑われた。
「どうした。この程度のジョギングでへたばったんじゃないだろうな」
「バカにするな。これくらいで」
柴はペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ。水分補給をしてから息を整え、背筋を伸ばしてフォームを正す。
明日はひどい筋肉痛に襲われるだろう。苦々しいことに近藤の指摘は当たっていた。ここ数ヶ月は秘書としての仕事に追われ、肉体の鍛錬をだいぶ疎(おろそ)かにしていたからだ。
近藤は嫌味な笑みを湛(たた)えたまま、柴とは対照的に軽快な走りを続けていた。息が乱れるどころか、汗さえ大して掻(か)いてもいない。
「そうでなくちゃ困る。これからたっぷりと働いてもらわなきゃならないからな」
近藤は柴と同じく三十代後半で、警視庁の現役警察官だ。現在は警部という階級にあり、現場を駆けずり回るよりも、ペーパーワークに追われる管理職にあった。
それにもかかわらず、近藤の体形は二十代のころから変わっていない。モデルのようにほっそりとしており、無駄な肉はいっさいついていなかった。今も三時間半でフルマラソンを完走できるほどのスタミナと筋力を有しているのだろう。
イタリア製の高級スポーツウェアを身につけ、清潔なフィットネスクラブで颯爽(さっそう)と走る姿は堂に入っていた。前頭部が寂しくなりつつある柴と違い、ウェーブがかかった豊かな頭髪をなびかせている。
鍛錬を欠かさないのと同じく、審美歯科や美容クリニックにもマメに通っているのだろう。真っ白に輝く歯と若者のようなキメ細やかな肌も相変わらずだ。警察官にはとても見えない。
深夜二時の汐留(しおどめ)のフィットネスクラブに人気(ひとけ)はほとんどなかった。昼間こそ多くのビジネスマンなどでごった返すエリアだが、夜中は街ごとひっそりと静まり返る。
「うっ」
柴がランニングベルトにつまずいた。身体(からだ)が前につんのめり、危うく転倒しかけるが、アームにしがみついて姿勢を立て直す。
- プロフィール
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深町秋生(ふかまち あきお) 1975年、山形県生まれ。2004年、『果てしなき渇き』で第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー。他の著書に、ベストセラーの「組織犯罪対策課 八神瑛子」シリーズ、『地獄の犬たち』「バッドカンパニー」シリーズなど多数。