第三章 出師挫折(すいしざせつ)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十一 (承前)
「まずは露払いとして、それがしが諏訪(すわ)と連絡を取ってみまする」
信方(のぶかた)の申し出に、晴信(はるのぶ)が頷(うなず)く。
「ならば、その件、そなたに任せる」
「御意。では、すぐに昌俊(まさとし)と話をいたしまする」
信方は原(はら)昌俊の処(ところ)へ行き、事情を話して助言を求める。もちろん、昨晩、原虎胤(とらたね)や跡部(あとべ)信秋(のぶあき)らと話した小笠原(おがさわら)家の動きに関する危惧も伝えた。
「さようか。それがしが知る諏訪の重臣は二人いる。一人は諏訪上社(かみしゃ)の神長(かんのおさ)である守矢(もりや)頼真(よりざね)殿だ。もう一人が諏訪上社の禰宜(ねぎ)、矢嶋(やじま)満清(みつきよ)殿。共に諏訪家の譜代であり、頼重(よりしげ)殿の側近なのだが、実はこの二人が犬猿の仲で、これまで何度も争っている」
原昌俊の話によれば、その原因は天文(てんぶん)六年(一五三七)に行われた諏訪頼重が大祝(おおはうり)に就任する即位式にあったらしい。
大祝の即位に際しては師匠の役が必要であり、大祝となる童(わらわ)に山鳩(やまばと)色の装束を着せ、神道(しんとう)の大事を授けなければならない。この師匠役は神長を世襲する官家に伝わる所職なのだが、いつのまにか勢力を強めてきた禰宜家が関与してくるようになり、大祝の即位のたびに神長の守矢家と禰宜の矢嶋家がいがみ合うようになったのである。
そして、諏訪頼重の即位式の時に両家の争いが抜き差しならないものとなった。
「それで、そなたはどちらと懇意にしているのだ?」
信方が原昌俊に訊ねる。
「まあ、どちらかといえば守矢殿だ」
「ならば、連絡を取ってくれぬか」
「それは構わぬが、守矢殿と頼重殿が諏訪上社への年貢の件で揉(も)めているという風聞も耳にしている。うまく話が通せるかどうかもわからぬが、それでもよいか?」
「なんにせよ、諏訪との接点を保っておいた方がよかろう。頼めるか」
「ああ、承知した。まずは守矢殿に書状を送っておこう」
原昌俊と信方は交渉の窓口を諏訪上社の神長、守矢頼真と決めた。
二人は武田と諏訪の会談を実現すべく動き始めたが、さほど順調に進展したわけではなく、守矢頼真に向けて出した書状への返事はしばらくなかった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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