第三章 出師挫折(すいしざせつ)7
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十三(承前)
信方(のぶかた)と原(はら)昌俊(まさとし)は初めて会う高遠(たかとお)頼継(よりつぐ)という人物を慎重に見定めながら話を進める。
その結果、もしも武田家が諏訪(すわ)攻めを敢行する時には、高遠頼継と藤澤(ふじさわ)頼親(よりちか)が上伊那(かみいな)の勢力をまとめて加勢するという言質(げんち)を取り付けた。
金刺(かなさし)堯存(たかのぶ)もまた自らが動き、下社の者たちを与力させると約束した。
「御二方からの申し入れは、当家にとってありがたい。このまま御屋形(おやかた)様にお伝えし、御裁可を仰ぎましょう」
信方は金刺堯存と高遠頼継を見つめながら言葉を続ける。
「して、そなたらが望む見返りは?」
その問いに、二人は顔を見合わせた。
高遠頼継は答えを譲るように目を伏せ、金刺堯存が先に口を開く。
「……それがしとしては、下社の大祝(おおはうり)職への復帰をお願いしたく、それが叶(かな)うならば下社の者たちが武田家に叛(そむ)かぬよう尽力いたしまする」
「なるほど。して、高遠殿は?」
信方が返答を促す。
「上伊那の安堵(あんど)をお約束いただけましたので、こたびのことを経て、諏訪一門が再びまとまり、大社にも安寧が訪れれば、それ以上のことは望みませぬ」
静かな口調で高遠頼継が答える。
「それはまた、殊勝な」
そう呟きながら、信方がそれとなく原昌俊に目配せした。
「では、さっそく話を持ち帰り、何か事が動きましたら連絡いたしまする。本日はご足労いただき、まことにありがとうござりました」
信方は話を締め、金刺堯存と高遠頼継を送り出した。
それから、原昌俊に問いかける。
「高遠頼継、そなたはあの漢(おとこ)をいかように見るか?」
「ずいぶんと猫をかぶっていたように思えるが……」
原昌俊は薄く笑う。
「……見かけ以上に強い意志を秘めているのではないか。その分だけ、他人には見せぬ野心も大きいと見た」
「そなたもさように感じたか。諏訪攻めの際には高遠の与力が有効だとしても、少し気をつけねばならぬな」
「守矢(もりや)の件に加え、これで確かに諏訪との一戦を構えやすくはなった。されど、若君がいかように判断なさるであろうか」
「すべてをお伝えし、お考えを決めていただくしかなかろう。昌俊、新府に戻ったならば、若へのご報告に同席してくれぬか」
「もちろんだ」
原昌俊は快諾した。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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