第三章 出師挫折(すいしざせつ)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十三 (承前)
諏訪(すわ)頼重(よりしげ)との折衝の中味を伝えてから、昌俊(まさとし)は小さく頭を下げる。
「……本来ならば、御屋形(おやかた)様に御裁可をいただかねばならぬ降参の条件を、それがしの独断で頼重殿に示してしまいました。相手の決断を急がせるためとはいえ、差し出がましい真似をし、まことに申し訳ござりませぬ」
「いや、詫(わ)びには及ばぬ。そなたの判断を、余は信じている」
晴信(はるのぶ)が恐縮する重臣を慰労する。
「……有り難き、御言葉」
「して、頼重殿は新府への連行を承諾したのだな?」
「はい。引き離した家臣たちは捕縛し、諏訪にて監禁いたしまする」
「さようか。ならば、こたびの戦(いくさ)は、これにて決着だな」
安堵(あんど)の表情となった晴信が小さく息を吐く。
自軍には損害を出さず、合戦を完遂していた。
「今後のことにつきまして、御屋形様に上申いたしたきことがありまする」
原(はら)昌俊は厳しい顔つきを崩していない。
「何であるか?」
「話し合いの間、向こうは当方の言葉に従う振りをしながら、頼重殿と重臣たちには隙あらば、われらの裏を搔(か)いてやろうという魂胆が見え透いておりました。諏訪に残った者たちが小笠原(おがさわら)あたりと内通すると面倒なことになりますゆえ、厳しく処罰すべきと考えまする」
「さようか。それについても、そなたに任せる」
「有り難き仕合わせ。加えて、新府へ連行した頼重殿と弟にも厳重な監視が必要と存じまする。当人たちはいずれ諏訪へ戻れるだろうと楽観しておりますが、絶対に許すべきではないと思いまする。もちろん、勝手な動きも禁じるべきかと」
意外にも強硬な意見を具申した昌俊に、少なからず晴信が驚く。
「……幽閉するということか?」
「御情(おなさけ)は無用と存じまする」
「されど、どこに幽閉するつもりか?」
「それがしに任せていただければ監視も含めて万全を期しますが、当面は東光興国禅寺(とうこうこうこくぜんじ)あたりが良いのではないかと思いまする」
「うむ、東光寺か。わかった。それも任せるが、あまり手荒なことはしないようにしてくれ。曲がりなりにも、妹の夫であり、甥子の父であるからな」
「承知いたしました」
「では、そろそろ城の引き渡しにまいる頃か」
「御屋形様、あとひとつだけ……」
押し止(とど)めた原昌俊を、晴信が訝(いぶか)しげな面持ちで見る。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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