第三章 出師挫折(すいしざせつ)10
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十三(承前)
「実際、死罪にも値する裏切りを行ってしまったのだ。潔く自害さえしてくれれば、頼重(よりしげ)殿の武士としての面目が立ち、当家も面目を施した上で諏訪(すわ)との諍(いさか)いを水に流すことができる。それならば、寅王丸(とらおうまる)様が諏訪家の惣領(そうりょう)を嗣(つ)ぐ時の障害もなくなり、万事がうまくおさまるであろう。そうは思わぬか?」
原(はら)昌俊(まさとし)は少し強引に二人を同意に導こうとする。
「自害とな……」
甘利(あまり)虎泰(とらやす)と原虎胤(とらたね)は顔を見合わせてから、互いに答えを譲り合う。
「……鬼美濃(おにみの)殿は、いかが思われまするか?」
「いやいや、加賀守(かがのかみ)殿は甘利、そなたの考えを聞きたいのではないか。それがしは諏訪にいる時から何度か似たような話をしているからな」
「……さようにござりまするか」
甘利虎泰は少し俯(うつむ)き加減で思案してから、意を決したように顔を上げた。
「それがしも頼重殿へ自害を勧告することに異存はござりませぬ。されど、おとなしく受け入れるとは思えず、かといって、われらが手を下せば自害とはなりませぬ。もしも、幽閉が長びけば、不測の事態が起こることも考えられまする。たとえば、於禰々(おねね)様から御屋形(おやかた)様へ命乞いの嘆願があるとか……。そうなれば、御屋形様のお心が揺れるのは当然。そうしたことが起きる前に、いかようにして決着をつければいいのか、それがしにはわかりませぬ」
その話を聞き、原虎胤は少し驚く。
――意外にも甘利は加賀守殿と同じく、頼重殿の自害を前提に話を進めているではないか。こ奴の性格からすれば、もう少し恩情を前に出すかと思いきや、やはり諏訪に関しては手緩(てぬる)い真似が許されぬと考えているようだ。この身も含め、皆、そうした点では一致している。問題は、御屋形様がその意見を受け入れてくださるかどうかだ。
「鬼美濃、そなたはどう思う?」
原昌俊が訊く。
「加賀守殿と同じにござる。頼重殿にできるだけ早く決断させるために、いかような手段を取るかということを考えるべきかと」
「それについては、策がないわけでもない。それがしに任せてもらえれば、何としてでも決断させるつもりだ」
「いったい、いかなる方法で説得を?」
原虎胤が具体的な方法を訊ねる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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