第三章 出師挫折(すいしざせつ)11
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十四
武田晴信(はるのぶ)が諏訪(すわ)との戦(いくさ)を終熄(しゅうそく)させた頃、三河(みかわ)で新たな烽火(のろし)が上がっていた。
西三河へ侵攻した尾張(おわり)の織田(おだ)信秀(のぶひで)と対峙(たいじ)するため、今川(いまがわ)義元(よしもと)が出陣を命じたのである。
軍配を預けられた太原(たいげん)雪斎(せっさい)は、今川家を頼ってきた岡崎(おかざき)城々主の松平(まつだいら)広忠(ひろただ)を擁し、東岡崎の生田原(しょうだはら)へ布陣する。そこから矢作川(やはぎがわ)を渡ると、松平党が織田信秀に奪われた安祥(あんじょう)城があった。
雪斎は先陣大将の朝比奈(あさひな)信置(のぶおき)、本隊副将の庵原(いはら)忠胤(ただたね)らを集め、物見からの報告を受けていた。
「安祥城に何か動きはあるか?」
軍師の問いに、物見の者が答える。
「まだ、ござりませぬ」
「さようか。織田信秀が城へ入っているのは間違いないか?」
「はい。数日前に斥候の者が確認しておりまする」
「ふむ。われらが陣を布(し)いたことを知り、籠城するか、野戦に打って出るかを考えているということか」
雪斎が髭(ひげ)をまさぐりながら呟(つぶや)く。
「織田信秀という漢(おとこ)は気性が荒く、なかなかの戦巧者とも聞いておりまする。われらがここに布陣したと知り、矢作川の対岸に野戦陣を構えるやもしれませぬ」
本隊副将を任された庵原忠胤が言った。
「ふふ、本物の戦巧者ならば、対岸などという手緩(てぬる)い布陣はすまい。この二、三日の間に堂々と渡河し、地の利のある場所に陣取るであろう。本気で野戦に勝つつもりならばな。われらを相手に、果たして織田信秀は矢作川を渡ってこられるかのう」
「もしも、敵が動いてこぬ時はいかがいたしまするか?」
先陣大将の朝比奈信置が訊く。
「河の上下に二軍を置き、中央に本隊を押し出す。織田勢が城から出てこなければ、そのまま渡河して城を囲む。渡河をさせまいと兵を繰り出すのならば、三方から牽制(けんせい)しながら必ずその三方のうちのいずれかの兵を渡河させ、織田の兵を殲滅(せんめつ)してから城を囲めばよい。渡河に関しては、地勢を熟知した松平党の者に先導させよ」
「承知いたしました」
「明日には、どう動くか決める。あと一日、織田信秀に猶予を与えてやろう」
不敵な笑みを浮かべ、雪斎が髭をしごく。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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