第三章 出師挫折(すいしざせつ)15
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十五 (承前)
この結果を受けて急遽(きゅうきょ)、新府から原(はら)昌俊(まさとし)、甘利(あまり)虎泰(とらやす)、原虎胤(とらたね)らの重臣が呼ばれ、叛(そむ)いた者たちへの処罰を含め、諏訪(すわ)の今後について話し合いが持たれた。
冒頭で、信方(のぶかた)が戦況について説明した後、見解を述べる。
「……若の苛烈(かれつ)な檄(げき)が効いたせいか、われらの将兵だけでなく、恭順した諏訪衆も踏ん張ってくれた。特に、若から喝を入れられた諏訪満隣(みつちか)が目の色を変えて高遠(たかとお)の者どもに攻めかかり、奮闘をもって忠誠の証(あかし)を立てようとした。そうした働きもあり、謀叛(むほん)のほとんどを迅速に終熄(しゅうそく)させ、残るは本拠に逃げ帰った高遠頼継(よりつぐ)の城攻めだけとなっている。これについては、それがしが責任をもって完遂したいと思うておる」
「ならば、信方。今は諏訪の状況が落ち着いていると考えてよいのか?」
原昌俊が確認する。
「将兵たちはまだ昂奮しているが、諏訪の周辺での戦いは終わった」
「さようか。高遠頼継以外の者は、どうなっている?」
「福与(ふくよ)城の藤澤(ふじさわ)頼親(よりちか)、矢嶋(やじま)満清(みつきよ)をはじめとする諏訪西方(にしかた)衆は捕縛し、牢に放り込んである。麾下(きか)にいた者たちも降参し、おとなしく縄目を受けている」
「なるほど。ならば、まずは騒擾(そうじょう)の張本(ちょうほん)たる藤澤頼親と諏訪西方衆の断罪か」
微(かす)かに眉をひそめながら、原昌俊が何の抑揚もない声で呟(つぶや)く。
「一人ぐらいは、見せしめのために打首が必要かもしれぬな」
その言葉に、他の者たちは驚く。
もちろん、晴信(はるのぶ)も例外ではなかった。
――打首……。加賀守(かがのかみ)はそこまで考えているのか……。
そんな感想を持った主君を見つめ、原昌俊が進言する。
「御屋形(おやかた)様、諏訪の者たちは謀叛人に対する処罰を注視しているのではありませぬか。当家がどのぐらい厳しく対処するかで、己の立場を考えようとしている者も多いのではないかと。それゆえ、生温い対処は以(もっ)ての外(ほか)であり、結果についても高札(こうさつ)などで弘布すべきと考えまする。つまり、直入に申せば、当家を甘く見ている諏訪の者たちが心底から震え上がるような見せしめの処罰も必要だということではありませぬか」
「見せしめか……」
晴信は眉をひそめながら呟く。
「……あまり気乗りはせぬが、確かに必要ないとは言えぬ」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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