第三章 出師挫折(すいしざせつ)23
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十六(承前)
母子二人は山吹(やまぶき)城から禰津(ねづ)元直(もとなお)の屋敷に移り、まずは養子縁組の支度に取りかかる。それが終わったならば、吉日を選んで着裳(ちゃくも)の儀が行われることになった。
着裳の儀は、平安朝の宮廷で女子(おなご)が成人の証(あかし)として初めて衣裳を着ける儀式として始まったが、その起源は垂髪を結髪にする古(いにしえ)の初笄(ういこうがい)という儀礼にある。
初笄は伸ばした垂髪を笄(こうがい)で結い始めるため、「笄礼(けいれい)」とも呼ばれた。
笄は簪(かんざし)に似ているがまったく別の物であり、木、竹、馬骨などを削り、ちょうど棒手裏剣のような形に仕上げられる。なかには鯨や鶴の脛骨(けいこつ)が使われる珍しいものがあり、蒔絵(まきえ)の装飾を施して縁起物とされた。
この初笄にあやかり、着裳を行う際に特別の「櫛(くし)」「簪」「笄」を三つ揃いにして持たせるという慣習もあった。
着裳の儀では、腰結(こしゆい)に裳の懸帯(かけおび)を結んでもらうのだが、その役は貴人や一族の長(おさ)が務める習わしとなっている。もしも、家などが没落し、腰結の後見人が見つからない場合、成人の年齢を過ぎても裳着を行えず、童女のままで過ごさなければならない。
それは女人(にょにん)にとって何よりも屈辱だった。
禰津元直と麻亜(まあ)の養子縁組は滞りなく終わり、文月(七月)の吉日を選んで着裳の儀が行われることになった。
そして、禰津家の主筋である晴信(はるのぶ)に腰結の役を務めてほしいという願いが出された。
そのことを信方(のぶかた)から告げられ、珍しく狼狽(ろうばい)する。
「……腰結!?……なにゆえ、この身が?」
「腰結の役は、一族の長が務める習わしとなっておりまする。惣領(そうりょう)である若が務めれば、儀式の格も上がり、禰津家や娘にとっても、これ以上の栄誉はありませぬ。是非、お願いいたしまする」
「されど、腰結といわれても、余は裳のなんたるかもわかっておらぬのだぞ」
「まだ、御裳着までには間がありますゆえ、覚えていただきまする。そのため、新府から藤乃(ふじの)を呼び寄せました」
「藤乃を?」
「女人の装束のことなど、それがしにはわかりかねますゆえ、何なりと藤乃にお訊ねくださりませ」
「……わかった」
晴信は顔をしかめながら頷(うなず)いた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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