第三章 出師挫折(すいしざせつ)24
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
二十七(承前)
それによれば、元々、下総(しもうさ)では古河公方(こがくぼう)の足利(あしかが)晴氏(はるうじ)と叔父である足利義明(よしあき)が対立していたという。
義明は晴氏の父、足利高基(たかもと)の弟であり、下総国千葉郡の小弓(おゆみ)城を本拠とし、小弓公方を名乗っていた。
坂東(ばんどう)に二人の公方は必要ないと考えていた古河公方の晴氏に対し、小弓公方の義明は安房(あわ)の里見(さとみ)家、上総(かずさ)の真里谷(まりやつ)武田家、下総の臼井(うすい)家、常陸(ひたち)の小田(おだ)家などを糾合し、大きな勢力で対抗した。
そんな中、大永(だいえい)四年(一五二四)に北条(ほうじょう)氏綱(うじつな)が扇谷上杉(おうぎがやつうえすぎ)家から武蔵(むさし)の江戸城を奪取し、江戸湾の西岸部を制圧したことで、これまで湾内に覇権を持っていた小弓公方、真里谷武田家、里見家との新たな対立が生まれる。
小弓公方の排除を狙っていた古河公方の晴氏は、この状況を好機と捉え、北条家と盟約を結んだ。
晴氏は北条氏綱に「小弓公方討伐」の上意を与え、下総の国府台(こうのだい)合戦において北条家が小弓勢を打ち破り、小弓公方の足利義明を敗死させる。これを契機にして、古河公方の側近としての北条氏綱の力が坂東で大いに高まった。
そして、天文(てんぶん)八年(一五三九)には、氏綱の娘を晴氏に嫁がせるという縁談が持ち上がる。この婚姻は晴氏の父、足利高基が北条家と約束していたものだが、縁組に乗り気でなかった晴氏が素知らぬ振りを続けていたものだった。
しかし、国府台の合戦以降、武蔵に大きく勢力を広げた北条氏綱の度重なる要請を、晴氏は無視できなくなったのである。
やむなく、この婚姻を受け入れたが、北条氏綱は自らを古河公方の関東執事であると公言し始め、坂東制覇の正統な根拠とした。
ここに至り、最も憤慨したのが、関東管領の山内上杉(やまのうちうえすぎ)憲政(のりまさ)である。
これまでは反目していた扇谷上杉の城を、北条家が奪っただけであり、あえて無視してきた。しかし、古河公方と婚姻関係を結び、関東執事まで名乗り始めたとなれば事態を看過できなくなった。このことを放置しておけば、関東管領としての面目が丸潰れになるからである。
本拠の河越(かわごえ)城を奪われた扇谷上杉朝定(ともさだ)がこれまでの非礼を詫び、援軍を願ってきたこともあり、山内上杉憲政はやっと重い腰を上げたらしい。
「憲政殿はまず古河公方と北条家の分断を図ったのだが、ちょうど晴氏様も北条氏綱殿の慢心に嫌気がさしていたようで、氏康(うじやす)殿に代替わりした途端、両上杉と密かに手を組んでしまった。さような事情が、こたびの話の裏にはあり申す」
義元(よしもと)は坂東の裏事情を簡潔にまとめてくれた。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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