第四章 万死一生(ばんしいっしょう)13
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
四十
敵の伏兵が、小荷駄隊を急襲!
神川(かんがわ)の畔(ほとり)で見張りをしていた番兵からの急報だった。
それが武田勢の本陣を震撼(しんかん)させる。
「小荷駄隊はいったい、どこで襲われたのか?」
鬼面になった晴信(はるのぶ)が訊く。
「……ちょうど大屋(おおや)神社と神川の中間を過ぎた辺りにござりまする。神川の手前で小荷駄隊が歩みを緩めたところを背後から襲われたようにござりまする」
番兵は身を竦(すく)めながら答える。
「背後から?……つまり、敵の伏兵が神川の東側に潜んでいたということか?」
「……おそらく、そうではないかと」
「いったい、どこに身を隠していたのか……」
眉をひそめながら、晴信が腕組みをした。
小荷駄隊は兵粮(ひょうろう)や薪(たきぎ)などを荷車に積み、武田勢後詰の拠点となった大屋神社を発している。
そこから本陣の国分寺(こくぶんじ)までは一里(四`)弱であり、平坦で見晴らしのよい北国(ほっこく)街道を移動するため、五十名ほどの足軽が護衛についただけだった。
「……生き残った足軽の話によりますれば、北側の斜面から二百ほどの騎馬隊が現れ、あっという間に陣夫と護衛の足軽を撫(な)で切りにし、馬ごと荷車を奪っていったとのことにござりまする」
「敵はどの方角へ逃げたのか?」
「現れた東側へ去ったと聞いておりまする」
「つまり、ここからさほど遠くない処(ところ)、しかも退路側に敵の陣が隠されていたということか!?」
晴信は驚きを隠せない。
明らかに由々しき事態が起きていた。
「伊賀守(いがのかみ)、鬼美濃(おにみの)をすぐに呼べ!……それと信繁(のぶしげ)もだ」
「はっ!」
番兵が短く答え、弾かれたように走って行く。
――ここに布陣してから、すでに十日以上も経っている。その間、巣穴から顔を出す土竜(もぐら)の如き敵の伏兵を追い回してきた。さしたる戦果も上げられてはおらぬが、局所でそうした泥臭き戦いを続けながら、この合戦の大局を摑(つか)もうとしてきた。されど、それが裏目に出たのか……。
顔をしかめ、晴信は重い冬の曇天を見上げる。
今にも止めどない雪が降り出しそうだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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