第四章 万死一生(ばんしいっしょう)18
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
四十 (承前)
信方(のぶかた)は小具足姿で床几(しょうぎ)に腰掛け、数珠を手に気息を整えながら儀式の終わりを待つ。
半刻(一時間)ほどが経ち、四人の修験僧が戻って来る。
「首祀(くびまつり)は滞りなく終わりました。禍々(まがまが)しい首級(しるし)はすべて供養し、吉兆といたしました」
厳峻坊(げんしゅんぼう)が言った供養とは、凶兆の見える首級に祈禱(きとう)を捧げ、行者の手で両瞼(まぶた)を閉じさせて「仏眼」とするという意味だった。
「かたじけなし」
「存分に、ご検分を」
「承知した」
信方は床几から立ち上がり、一人で首台が置かれた実検場(じっけんば)へ入っていく。
ところが、最初の首台を眼にした途端、思わず歩を止める。
「えっ……」
驚きの声を漏らし、信方は軆(からだ)を硬直させて立ち竦(すく)む。
「……な、なんだ、これは」
首台の上にあるすべての首級が、恨めしそうに地面を見つめている。
最も縁起の悪い「地眼」だった。
実に禍々しい凶相である。
――どういうことだ?
そう思いながら、振り向こうとした、その刹那である。
鈍い衝撃とともに、背筋に雷が走る。まるで臓腑(ぞうふ)に氷柱(つらら)を突き込まれたような激痛だった。
三人の修験僧が鎧通(よろいどお)しを手に、信方の背中に体当たりしてきたのである。
「……お、おのれ、厳峻」
信方は激痛に苛(さいな)まれながら腰刀を抜こうとする。
その腕を押さえ、修験僧たちがさらに深く刃を突き入れる。
「厳峻などという坊主はどこにもおらぬ。それがしは北信(ほくしん)の虎、村上(むらかみ)義清(よしきよ)が家臣、雨宮(あめのみや)正利(まさとし)なり。冥途(めいど)の宮笥(みやげ)に覚えておくがよい!」
厳峻坊と名乗っていた修験僧が吐き捨てる。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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