第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
四十三
小笠原(小笠原)長時(ながとき)の軍勢が、下諏訪(しもすわ)へ侵攻!
その一報を、晴信(はるのぶ)は甲斐府中の躑躅ヶ崎(つつじがさき)館で受けた。
――やはり、われらの動揺につけ込んできたか……。
天文(てんぶん)十七年(一五四八)六月十日のことである。
この四ヶ月前、晴信は小県(ちいさがた)で村上(むらかみ)義清(よしきよ)と戦い、板垣(いたがき)信方(のぶかた)と甘利(あまり)虎泰(とらやす)の両職(筆頭家老)をはじめとする重臣を失い、自らも傷を負う大敗を喫している。
武田家敗北の風聞は瞬く間に信濃(しなの)全土へ広まり、諏訪で築いた足場が大きく揺らいだ。
四月二十五日には、村上義清の軍勢が畳みかけるように武田領の佐久(さく)郡へ侵攻し、内山(うちやま)城を焼き討ちした。
晴信は家中を立て直すために甲斐の府中で腰を据え、家臣の序列と役職を改め、内政に力を注いでいた。そのため応戦が遅れ、佐久に甚大な被害が出てしまう。
そのような状況を見て取った小笠原長時が、村上義清や安曇(あずみ)郡の仁科(にしな)盛能(もりよし)に合従連衡を持ちかけ、失墜した信濃守護としての権勢を回復しようと動く。
盟約を取り付けた小笠原長時はすぐさま下諏訪へ攻め入り、これまで武田家に従っていた矢嶋(やじま)満清(みつきよ)らの諏訪西方(にしかた)衆を寝返らせ、岡谷(おかや)から下社(しもしゃ)の一帯を占領する。
そして、諏訪郡代の板垣信方を失った上諏訪を、次の標的と定めているようだ。
これを知った晴信は、自ら兵を率いて六月十一日に甲斐の府中を進発する。
だが、上諏訪のだいぶ手前である北杜(ほくと)の大井ヶ森(おおいがもり)に陣を布き、評定衆を集めて対応の策を協議した。
「さて、下諏訪に攻め込んだ小笠原長時といかように相対するべきか、皆の具申を聞きたい。この席が初めての者、若輩の者もいるが、遠慮なく意見を述べてくれ」
晴信は一同を見廻(みまわ)す。
四ヶ月前の出陣とは、大きく顔ぶれが変わっていた。
これまで評定衆筆頭であった板垣信方に代わり、加藤(かとう)信邦(のぶくに)がその役を務め、武者奉行を兼務している。
そして、晴信の下手に控える弟の信繁(のぶしげ)が、旗本軍(いくさ)奉行と陣馬(じんば)奉行を兼任することになった。陣馬奉行輔翼(ほよく)には、最も若い原(はら)昌胤(まさたね)が起用されている。
輔翼とは、いわゆる専属の補佐役のことだった。
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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