第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
四十九 (承前)
太原(たいげん)雪斎(せっさい)の案内で晴信(はるのぶ)が善得寺(ぜんとくじ)の堂宇(どうう)に入ると、すでに今川(いまがわ)義元(よしもと)と北条(ほうじょう)氏康(うじやす)が着座していた。
「本日は三方同席にゆえ、大膳大輔(だいぜんのだいぶ)殿はあちらへどうぞ」
雪斎が晴信の席を示す。
「失礼いたしまする」
晴信は席に着きながら、それとなく一同を見廻す。
今川義元のもう一人の供は、龍王丸(たつおうまる)の傅役頭人(もりやくとうにん)である三浦(みうら)正俊(まさとし)だった。
――やはり、この会合は三家の次代をも見据えてのものか。
そう思いながら、右側に座っている北条氏康の表情を窺(うかが)う。
――なるほど、これが北条家の惣領(そうりょう)、氏康殿か……。
氏康は背筋を伸ばし、まっすぐ前を見つめており、晴信に視線も向けない。
しかし、全身からは強い気が迸(ほとばし)っていた。
容貌はといえば、細い面と広い額が理知的な印象を与え、双眸(そうぼう)が犀利(さいり)な光を宿している。そして、左頰には、二筋の刀瘡(かたなきず)がくっきりと刻まれていた。
その深い疵痕(きずあと)が氏康の気配に凄(すご)みを与え、研ぎ澄まされた刃(やいば)の如(ごと)き冷たい感触を想起させる。
――独特な鋭さを感じる漢(おとこ)だ。されど、思いの外、好ましく感じるのは、なにゆえであろうか。
晴信は初対面ながら北条氏康に好意を抱く。
太原雪斎が義元の後ろに控え、会を進める。
「では、御屋形(おやかた)様、こたびの会合の発起人として、ご挨拶を」
「本日は北条左京大夫(さきょうのたいふ)殿、武田大膳大輔殿にお越しいただき、感謝の意を申し上げたい。それぞれの領国から富士御嶽(ふじのおんたけ)を眺めることができる三人が、こうして麓で一堂に会したことは、まことに目出度い。三家がそれぞれの縁組を行い、親戚同士となることを絶好の機会とし、盟約を結べる喜びは何物にも代えがたい。また、これが三家にとっての必然であったとも考えている。今後、われらは富士御嶽に背を預けるが如く、この盟約で互いの背を庇(かば)い合いながら、眼前の敵に対するとしようではないか」
今川義元が柔和な笑顔で口上を述べる。
晴信と北条氏康は小刻みに頷(うなず)いていた。
「御二方も異存なしとお見受けしたゆえ、固めの盃(さかずき)を」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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