第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)5
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
五十二
川中島(かわなかじま)を囲む山々に、蟬時雨(せみしぐれ)が降っていた。
純白の夏雲が目映(まばゆ)い日輪の光を受け、藍色に染まった犀川(さいがわ)の上空を流れていく。
立夏(りっか/四月節)の頃に仕掛けた戦いは、両軍が睨み合う間に芒種(ぼうしゅ/五月節)を過ぎ、間もなく大暑(たいしょ)の候(六月中旬)を迎えようとしていた。
犀川の南岸にある大堀(おおぼり)館で、晴信(はるのぶ)は跡部(あとべ)信秋(のぶあき)から越後(えちご)勢の動きについて報告を受けていた。
「御屋形(おやかた)様、村上(むらかみ)義清(よしきよ)の一隊を旭山(あさひやま)中腹の大黒(だいこく)砦にて撃退した後、敵方は何度か様子見の寄手(よせて)を放ってきましたが、鉄炮(てっぽう)の撃ちかけにより、ほとんど門扉に近寄ることもできずに退散しておりまする」
「鉄炮の威力に恐れをなしたか」
「はい、さようにござりまする。それからは、ここ一ヶ月(ひとつき)ばかり、まったく動きを見せておりませぬ。されど……」
跡部信秋は主君の表情を確かめながら言葉を続ける。
「旭山城の攻略が相当に難しいと見たのか、越後勢が奇妙な動きをしておりまする」
「それはいかような動きであるか?」
「旭山の向かい側にある葛山(かつらやま)に木材などを運び入れ、砦を築いているようにござりまする。元々、あの山には落合(おちあい)家が築いた城跡があり、それを修復しているのではないかと」
信秋が言ったように、葛山は善光寺(ぜんこうじ)から半里(二`)ほど北西に位置し、ちょうど旭山城とは裾花川(すそばながわ)を挟んで南と北に分かれて睨み合う位置にある。
そして、その山頂には主曲輪(おもぐるわ)を中心に北側と東西の尾根にわたる連郭式の曲輪が残っていた。
「戦(いくさ)が長引くと見て、敵方も付城(つけじろ)を作り始めたか。打つ手が見つからぬのか、兵粮(ひょうろう)攻めのつもりなのか、いずれにしても凡庸な策であることには変わりない。伊賀守(いがのかみ)、その件は旭山城にも伝わっておるのか?」
「はい。すでに透破(すっぱ)の者どもが旭山に抜ける隠し路を使い、毎夜にわたって状況を伝えに行っておりまする」
「こちら側から渡っているのか?」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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