第五章 宿敵邂逅(しゅくてきかいこう)9
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
五十六
京の都に比叡颪(ひえいおろし)の冷たい風が吹いていた。
永禄(えいろく)元年(一五五八)十二月十日、二条法華堂(にじょうほっけどう)の御座所にも冷たい隙間風が吹き込んでくる。その大上座に室町(むろまち)幕府の第十三代征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)、足利(あしかが)義輝(よしてる)が不機嫌な面持ちで座していた。
上手(かみて)側には顧問役の近衛(このえ)稙家(たねいえ)、下手(しもて)側には執事役の六角(ろっかく)義賢(よしかた/承禎〈じょうてい〉)を控え、朝廷からの使者を待っている。
「……遅い。朝廷の者どもは、余を侮っておるのか」
仏頂面の足利義輝が呟(つぶや)く。
「ただいま、こちらに向かっていると露払いの者が申しておりまする。今しばらくのご辛抱を」
執事役の六角義賢が作り笑顔でなだめる。
「……いったい朝廷の中で、どれほどの者がやって来るのだ。使者の格によっては、許さぬぞ!」
足利義輝が気色ばむ。
「上様、どうか、お待ちを。朝廷が不敬を詫(わ)びるための使者を送ってきたのであれば、少なくとも三公の一人がこちらに向かっていなければ筋が通りませぬ」
顧問役の近衛稙家が老顔に柔和な笑みを浮かべる。
この者は朝廷で太政(だじょう)大臣と関白を務めたことのある先達であり、それだけに助言は重かった。
そして、朝廷の中での三公とは、左大臣、右大臣、内大臣のことである。
「されど、殿下……」
義輝の言葉を遮り、顧問役がさらに微笑む。
「上様、たかだか朝廷の使者が拝謁に罷(まか)り越すだけのことにござりまする。武家の長者として鷹揚(おうよう)さをお見せくださりませ。ここからが上様の器量の見せどころにござりまする」
「わかっては、おるのだが……」
「それならば、ようござりました。されど、上様。あくまでも朝廷の使者に対し、われらはまだ改元など認めておらぬという姿勢を崩してはなりませぬ。本来、改元とは朝廷と幕府の協議の上で定められるもの。されど、こたびは朝廷が勝手に三好(みよし)長慶(ながよし)との相談で決めたものであり、とうてい幕府として容認できるものではありませぬ。たとえ御今上(ごきんじょう/正親町〈おおぎまち〉天皇)の即位のためとはいえ、三好の如(ごと)き者と談合で決めた元号など認めるわけにはまいりませぬ。御立腹の旨を伝え、威儀を糺(ただ)した上で、幕府と朝廷の対等な関係を再開していただきとうござりまする」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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