第六章 龍虎相搏(りゅうこそうはく)3
海道龍一朗Ryuichiro Kaitou
六十六
越後(えちご)勢が富倉(とみくら)峠を越え、善光寺平(ぜんこうじだいら)へ向かう模様。
海津(かいづ)城の守将、香坂(こうさか)昌信(まさのぶ/春日〈かすが〉〉虎綱〈とらつな〉〉)が透破(すっぱ)から報告を受けたのは、永禄(えいろく)四年(一五六一)八月十二日のことだった。
すぐに副将の小幡(おばた)光盛(みつもり)を呼び、烽火(のろし)の手配を命じる。
「まずは富倉峠越えの一報を上げるが、問題は敵方がどこに布陣するかであろう。前の割ヶ嶽(わりがたけ)城攻略の報復ならば、犀川(さいがわ)の北側にいくつかの足場を造るつもりやもしれぬ」
香坂昌信の言葉に、小幡光盛が頷(うなず)く。
「またぞろ葛山(かつらやま)城や旭山(あさひやま)城あたりに兵を入れ、修築を行うつもりか、あるいはこの城を睨(にら)んで春山(はるやま)城あたりに手を出すつもりなのかもしれませぬ」
「いきなり、この城に寄せてくるというのも、あり得ぬことではなかろう。いずれにしても、尼巌(あまかざり)城の昌盛(まさもり)には春山城も警戒して見ておくよう伝える。越後勢が寄せてきたならば、春山城の兵と兵粮(ひょうろう)は、すべて尼巌城へ移すつもりだ」
昌信が眉をひそめながら言う。
これまで善光寺平で重要な拠点となってきた尼巌城や春山城だが、海津城が完成したことにより、その役割は軽減されている。春山城は主に前線の物見、尼巌城は海津城から退却するための足場として使われることになっていた。
そして、尼巌城に入っている将は、小幡光盛の甥(おい)である小幡昌盛だった。
この日、海津城の南側にある象山口(ぞうざんぐち)の狼煙山(のろしやま)から「越後勢、富倉峠越え」が伝えられ、善光寺平の武田勢は敵方の動きを注視する態勢に入る。信濃(しなの)から甲斐に張り巡らされた烽火網が使われ、その一報は半日を待たずして躑躅ヶ崎(つつじがさき)館へ届けられた。
詳細は追って早馬で知らされることになっていたが、とにかく敵の出現があったことは迅速に伝えられる。奥近習(おくきんじゅう)の真田(さなだ)昌幸(まさゆき)がその一報を持って書院を訪れた時、信玄は弟の信繁(のぶしげ)と囲碁を打っていた。
報告を聞き、信玄は碁石を持った手を止めて冷笑する。
「坂東(ばんどう)で実のない長戦(ながいくさ)をした後にもかかわらず、早々に信濃へ出張ってきたか。まったく懲りぬ奴だな」
- プロフィール
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海道龍一朗(かいとう・りゅういちろう) 1959年生まれ。2003年に剣聖、上泉伊勢守信綱の半生を描いた『真剣』で鮮烈なデビューを飾り、第10回中山義秀文学賞の候補となり書評家や歴史小説ファンから絶賛を浴びる。10年には『天佑、我にあり』が第1回山田風太朗賞、第13回大藪春彦賞の候補作となる。他の作品に『乱世疾走』『百年の亡国』『北條龍虎伝』『悪忍 加藤段蔵無頼伝』『早雲立志伝』『修羅 加藤段蔵無頼伝』『華、散りゆけど 真田幸村 連戦記』『我、六道を懼れず 真田昌幸 連戦記』『室町耽美抄 花鏡』がある。
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