よみもの・連載

捜し物屋まやま3

第一話 前編

木原音瀬Narise konohara

 黒いワンピース、画像の上に乗った赤い極太のゴシック体「SOLD OUT」の文字に、日野芽衣子(ひのめいこ)はスマホを握り締めたまま「あ、あ……」とカウンターテーブルに突っ伏した。
 昨日、フリマサイトで見つけたゴシック系の黒ワンピース。一目で「欲しい!」と自分の中のマグマが吹き上がった。即、お買い物カートに突っ込んだものの「購入」マークをタップする寸前になって、中古の割に送料込みで三千八百円と少し高い値段が気になった。
 自分はお金がない。本当にない。三千八百円は、買おうと思えば買える。けどそうすると手持ちの残高は五百円。来週の水曜日にはビルの管理人、和樹(かずき)に週の食費、二千円を払わないといけない。そしてお給料日は来週の土曜日だ。
 ビルの三階、マッサージ店の中にある休憩室を兼ねた小さな部屋に、光熱費を除いて無料で住まわせてもらっているので、食費の支払いは死守しないとニンゲンとして終わる。
 すぐには売れないかもしれないし……と様子見していたら、誰かに買われてしまった。もしこのワンピースが出品されたのが来週の土曜日以降だったら、給料日後だったらと思うと悔しさがふつふつと募る。後払いとか、分割とか他に手段はなかったかと頭の中を巡るも、もう終わってることだから手遅れ。考えること自体が無意味だ。
 奪われたワンピースに囚(とら)われていても鬱々とするので、スマホをわざと手許(てもと)から遠ざけた。
 あぁ、新しい服が欲しい。四月に入った途端、ぽかぽか暖かくなってきたし、かわいい服で外へ出たい。去年のお気に入りは、もうなんか飽きてきた。お金がないのにフリマサイトで延々と服を見てるとか、一種の自虐かもしれない。肉体&精神的に虐(いじ)められるのは好きでも、コレは違う。そもそも虐めっていうのは、プレイじゃないと一切萌(も)えない。
 気を紛らわすために「仕事するかぁ」とタブレットで予約情報を確認した。午後の一件目で入っていた吉井(よしい)さんの施術があと十分で終わる。吉井さんは七十過ぎに見えない細身でダンディなおじいちゃんだ。週一で定期的に予約を入れてる。そして施術後は受付の芽衣子相手に三十分ぐらいお喋(しゃべ)りして帰る。この話何回目だよ〜ってリピート性に隠しきれない年齢を感じつつ、暇だし、これも接客のうちかぁと思って「はいはーい」と聞き流している。
「マッサージ店まやま」は去年の十一月、当初の予定の三ヶ月遅れで開店した、マッサージ師の間山白雄(まやましお)と受付のバイト・芽衣子の二人だけの店だ。客と客の間隔を調整すれば、マッサージ師本人だけでも十分に回せるが、敢(あ)えて受付を置いてある。なぜなら会員制の上に、施術後に次回の予約を取るか、会員専用ダイヤルでの予約しか受け付けていないという、二十年ほど前から時が止まっているようなアナログ特化の受付システムだからだ。しかもマッサージ師の白雄が耳は聞こえるものの喋れないので、電話対応の人間が必須になる。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(27) 捜し物屋所長&小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(27) 捜し物屋スタッフ&マッサージ師。冷血な能力者。

徳広祐介(39) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所に勤務。

三井走(37) 捜し物屋の受付&法律事務所の事務担当。天涯孤独の元引きこもり。

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