よみもの・連載

捜し物屋まやま3

第三話 前編

木原音瀬Narise konohara

 前日まで秋晴れのいい天気が続いていたのに、今日は「台風接近中」の天気予報通り、朝からどんよりと曇っている。冷房を入れるとやや肌寒く、しかしないと汗ばむという微妙な気温。客の服装も、Tシャツ一枚かと思えば、長袖に厚めの上着だったりとバラバラだ。
 施術室に入ってきた時から、その男は顔全体が黒いもやに覆われていて、間山白雄(まやましお)は「ごついのが来たな」と少々うんざりした。体の中で調子の悪い部位、例えば腰や肩にもやのかかった客は日常茶飯事なので気にも留めないが、その男は目鼻立ちがわからないほど顔が真っ黒になっている。
「あぁ、ここに寝ればいいですか?」
 黒い顔から、聞こえてくる声。人の中にあるネガティブの集合体、それが黒いもやになって自分には見えるが、いくら何でもこれは酷(ひど)過ぎる。もしかして、の可能性を予測しつつ、施術用のベッドに俯(うつぶ)せになった男の背中、凝っていそうな肩に指先で触れた。ポロシャツ越し、痩せた筋肉の質感から「視(み)え」てくる不穏なもの。疲れるので普段はしないが、興味本位でそこを深掘りする。
 ……あぁやっぱりそうだ。この男は人を殺してる。
 顧客情報だと、男は六十三歳になっていた。けれど殺したのはもう少し前。立ち姿や顔の感じだと、四十代の頃じゃないだろうか。スーツ姿の男に怒られ、うなだれている姿が見える。仕事で何か失敗したのかもしれない。それで苛々(いらいら)し、目の前にいた若い男の背中を押した。薄暗い駅のホーム、イヤホンから漏れてくる音が五月蝿(うるさ)かった、それだけの理由で。
 人が電車に轢(ひ)かれるバンッという衝撃と、空気を切り裂く電車のブレーキ音。急に自分のしたことが怖くなり、その場から逃げ出した。しかし二十年近く経(た)ってもその光景を忘れられず、かといって自首することもできないまま、罪悪感に苛(さいな)まれている。
「あ、もうちょっと強い力でお願いします」
 要望があったので、指先にぐっと力を込める。ホームに突き落とされた若い男は即死確定だが、この男には取り憑(つ)いていない。自分が誰に殺されたのか見ていなかったんだろう。
 けれど男の「殺してしまった」という罪悪感に引き寄せられて、近くを浮遊している悪い霊が男の中に入ってしまい、そいつらに寿命を食われている。この体の感じだと、先は長くない。これほど自業自得という言葉を体現するタイプもそうはいない。
 九十分の施術を終えると「あぁ、気持ちよかった。先生、お上手ですね」と男の声が嬉(うれ)しそうに弾んだ。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(27) 捜し物屋所長&小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(27) 捜し物屋スタッフ&マッサージ師。冷血な能力者。

徳広祐介(39) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所に勤務。

三井走(37) 捜し物屋の受付&法律事務所の事務担当。天涯孤独の元引きこもり。

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