よみもの・連載

捜し物屋まやま3

第三話 後編

木原音瀬Narise konohara

 十月も半ばを過ぎ、秋空は澄みきって、雲一つなく青い。時折吹く風は、海に近いせいなのか潮の匂いがきつい。だ円形の広いプールを半周するように作られた野外の客席は、休日ということもありほぼ隙間なく埋まっている。
 助走をつけるようにぐるりとプールを一周した二頭のイルカが、水中から大きく飛び上がった。水面から二メートルほど高い場所にある赤いゴムボールを口の先でツンと押し上げ、そして水中へバシャンと潜り込む。水しぶきが盛大に飛び散り、前方の客はずぶ濡れになる。水を浴びた子供たちは、キャアキャアと大声を響かせて喜んでいる。
 そして後方座席のいい大人たちも「凄(すご)いわ!」「おおっ!」と奇声を上げる。白雄(しお)は両手を挙げて喜ぶ和樹(かずき)といつものメンバーを最後尾の席から頬杖をついたまま眺めていた。みんなから離れた場所にいるのは、屋根があり陰になっているからだ。ここより下は確実に日焼けする。
 三週間ほど前、浸水被害にあったポリさんの実家を片づけたお礼として、「中で働いている知り合いからもらったもので申し訳ないけど、よかったら」とポリさんの義兄から水族館の招待チケットが十枚送られてきた。
 水族館に興味はない。行かなくてもよかったが、和樹は「タダ券ラッキー」と喜んでいた。場所が海岸沿いにあり交通の便が悪かったので「お前、運転してよ」と言われ、暇だったし仕方なくドライブついでに車を出してやった。
 他のボランティアメンバーは水族館に行く気満々で、チケットが余ったからと光(ひかる)と松崎(まつざき)にまで声をかけ、そうすると自分の車一台では人数オーバーになった。その日、ポリさんが休みなのは知っていたが、芽衣子(めいこ)の件があるので徳広(とくひろ)は誘うのを迷っていた。がしかし、振られたのが気まずいからといって付き合いが切れるわけでもなく、慣れも必要だろうと最終的に召還し、車二台、総勢八名の大所帯で水族館に向かうことになった。
 芽衣子はポリさんの車には乗らなかった。移動時も二人には常に一定の距離があるものの、その辺の微妙さに気付かない振りをすれば、大人も子供も概(おおむ)ね水族館を楽しんでいる。
 水族館のメイン展示である巨大水槽を回っていると、和樹が「あれ、白雄みたいじゃね?」と指さした。それは古典的なパニック映画を彷彿(ほうふつ)させるでかいサメだった。
「涼しい顔してすいすい泳いでさ、しれっと人のこと食いそう」
 芽衣子が「わかる〜」と同意したのにイラッとする。それから水槽の前を通るたび、この魚や動物が誰に似ているという小学生レベルの話題で、集団はやけに盛り上がっていた。

プロフィール

木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。

登場人物

間山和樹(27) 捜し物屋所長&小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。

間山白雄(27) 捜し物屋スタッフ&マッサージ師。冷血な能力者。

徳広祐介(39) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所に勤務。

三井走(37) 捜し物屋の受付&法律事務所の事務担当。天涯孤独の元引きこもり。

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