第四話
木原音瀬Narise konohara
サイドテーブルに置いたスタンド式のカレンダーが十月だったので、一枚捲(めく)って十一月にする。十月三十一日と十一月一日の間に実際、これといった違いはないが、十一月という字面だけで一気に秋の終焉(しゅうえん)が身近になる。
ぼんやりとカレンダーを見ていた間山白雄(まやましお)は、準備を終えたのに、次の客が入ってこないことに気付いた。棚の時計に視線をやると、やはり予約時刻を五分過ぎている。マッサージ店の客は平日の日中はほぼ百%の確率で時間のある高齢者、高齢者、高齢者になる。この時間の客も七十八歳。予約を忘れる、時間を間違えるは日常茶飯事だ。そしてこういう時にキャンセルや遅刻の連絡といった対応をする受付、芽衣子(めいこ)のリアクションがない。
施術室のドアを開けて待合室を覗(のぞ)くと、受付カウンターの中にいる芽衣子が固定電話の受話器を片手に「はい、はい」と相槌(あいづち)を打っていた。
「そういうことだったのかぁ、わかりました。あ、こっちは大丈夫なんで、お母さまにお大事にって伝えてください」
電話を切った芽衣子は、フッと息をついて振り返った。視線がバチリと合う。
「あぁ白雄〜予約してた梅村(うめむら)さんだけど、娘さんから連絡があって家の中で転んで足首ひねっちゃったみたいでさ。今日はキャンセルでお願いしますって」
わかった、の意思表示で大きく頷(うなず)き、上を指さす。
「四階の自宅のほうに戻るってこと? キャンセル待ちもないし、暇だもんね〜了解。次は十五時半で常連の清水(しみず)さんだから」
芽衣子は自分の行動パターンを把握しているので、二、三のアクションで通じるから楽だ。
最初は、マッサージ店の休憩室に住みついたその存在が不快だった。家の中に漂う和樹(かずき)以外の気配は違和感しかなかったが、追い出せないことで強制的に慣らされて一年が経過。今では「わりと便利に使える」存在に落ち着いている。
「あ、白雄! 休憩するならこれ持ってって。午前中に来た伊藤(いとう)さんからの差し入れで、みなさんでどうぞって」
芽衣子がカウンターの下から菓子箱らしきものを差し出してくる。和菓子系は好みじゃないんだがと思いつつ覗き込むと、それは近所のパン店が作っているオリジナルタルトだった。前にも食べたことがあり、わりと美味(うま)かった。三種類で各二個ずつあったので、そのうちの栗(くり)のタルトを二つ摘(つ)まみあげる。
「あんた、栗好きだよね」
栗が好きなのは和樹だが、訂正も面倒くさいので返事をせずに階段へ向かった。
- プロフィール
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木原音瀬(このはら・なりせ) 高知県生まれ。'95年「眠る兎」でデビュー。ボーイズラブ小説界で不動の人気を博す。
ノベルス版『箱の中』『檻の外』が’12年に講談社より文庫化され、その文学性の高さが話題に。
『美しいこと』、『秘密』、『吸血鬼と愉快な仲間たち』シリーズ、『ラブセメタリー』、『罪の名前』など著書多数。
- 登場人物
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間山和樹(27) 捜し物屋所長&小説家。白雄とは血の繋がらない兄弟。
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間山白雄(27) 捜し物屋スタッフ&マッサージ師。冷血な能力者。
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徳広祐介(39) ドルオタ弁護士。捜し物屋と同じビル内の法律事務所に勤務。
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三井走(37) 捜し物屋の受付&法律事務所の事務担当。天涯孤独の元引きこもり。