女の子が、熱心に台本を読んでいる。 終電の近い、すし詰め状態の丸ノ内線。つり革を頼りにかろうじて立っている私は、前の席に座る「女優さん」が気になって仕方なかった。 上から見ただけでも、可愛い顔立ち。きれいに巻かれた茶色の髪にはツヤがあるし、服装も若い。私にはもう着られそうにない真っ赤な花柄ワンピース。歳はいくつだろう。未成年かもしれない。 彼女はコピー紙の束を開いていた。 角はボロボロに折れ曲がっている。 まわりの人は気づかなくても、それが舞台の台本だってすぐにわかるのは、私も彼女と「同業」だから。きっと自分のセリフだろう、黄色の蛍光マーカーの引かれた箇所に目を落としながら、わずかに唇を動かしている。セリフの暗記中か、言い方を納得いくまでイメージしているのか。同じページを開いたまま、凛とした表情で集中している。 人目をはばからず台本が読めるなんて。 私は懐かしむ。 私にもそんな時代があった。 電車内だろうが、カフェだろうがおかまいなし、暇さえあれば私も台本と格闘した。ぐしゃぐしゃになるまで読み込んで、何度も自分のセリフを口にした。 今はもう、恥ずかしくてそんなことできない。 まわりの目をどうしても意識してしまう。 役者をやっていることすらバレたくない。 人前に出ることを望んでおきながら、堂々と胸をはれない自分がいる。 いつの間に、私はこうなってしまったのだろう。 夢も希望もいっぱい抱ける、目の前の彼女が羨ましい。 いつかチャンスを掴むのかな。 いつか成功して売れるのかな。 私はこころのなかで「頑張れ!」って念じてみた。 予想以上に気持ちが入らない。それはそうだ。私なんかに応援されなくても、彼女は現在進行形できっと頑張っている。真剣に戦っている。 同業だなんて、思うほうがおこがましい。 彼女と私では立場が違う。 未来に希望を抱けるからこそ、人は輝ける。 だからこそモチベーションが、湧き上がる。 彼女は女優として輝けるだろう。 私はどうだ。 私は、遅い。 とっくに旬を過ぎている。 栗原沙織。25歳。 まだ若いって世間は言うけれど、芸能界で25歳はもうBBA。 職業――、職業は何だろう。