よみもの・連載

犬義なき闘い

第1回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 シェパードとロットワイラーは早朝の西新宿のビル街をパトロールしていた。
 ピル街といっても立ち並ぶのはすべて廃墟(はいきょ)だ。
 シェパードは蛻(もぬけ)の殻になった新宿警察署をアジトに西新宿一帯を縄張りにしている警察犬ファミリーのボスで、ロットワイラーはナンバー3の特攻隊長だ。
 季節は冬になり気温は低くなっていたが、大部分の犬種は暑さより寒さに強く動きも活発になる。
 二頭は通りの両端を歩き、十メートルごとに立ち止まると高々と片足を上げて電柱や建物にマーキングを繰り返した。シェパードとロットワイラーの尿は、この一帯が警察犬ファミリーの縄張りであるということをほかのファミリーに知らしめるための警告だ。
「ボス、おはようさん! 今朝も早くからご苦労様!」
 家電量販店の空き店舗の前で寝そべり、日光浴していた柴犬爺(しばいぬじい)やが挨拶してきた。
「おはよう! 柴ジイも健康維持の日課は欠かさないな」
 シェパードは挨拶を返し通り過ぎた。
「ボス、温かいミルクを飲んでいかない?」
 カフェの空き店舗から顔を出したシュナウザーおばさんが肉球招きをした。
「ありがとう。気持ちだけ貰(もら)っておくよ。まだパトロールしなきゃならないからね」
 シェパードは笑顔を返し通り過ぎた。
「ボシュ! いちゅも街のあんじぇんを守ってくれてありがとうございましゅ! パトロール頑張ってくだちゃい!」
 居酒屋の空き店舗から出てきた生後六ヵ月のブルドッグ坊やが、ひしゃげた顔に満面の笑みを浮かべながら両前脚を大きく左右に振った。
「おはよう! 一杯ご飯を食べて早く大きくなって、一緒にパトロールしような!」
 シェパードは力強く言葉を返し通り過ぎた。
 僅か半年前まで人間達で賑(にぎ)わっていた店は、代わりに犬達が主(あるじ)となっていた。
「ボスは相変わらず人気犬だな。一緒に歩いたら、俺には誰も声をかけてくれない。イケメンでスタイルがよくて知能が高くて戦闘が強くて優しくて……ああ、神様は不公平だな〜」
 ロットワイラーがイジけてみせた。
「馬鹿なこと言ってないで、パトロールに集中しろ」
 シェパードは笑いながら言うと、ハンバーガーショップだった空き店舗の前で四肢を止めた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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