よみもの・連載

犬義なき闘い

第3回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 十二階建てで六百三十人の署員が勤務していた日本最大の警察署……西新宿(にししんじゅく)六丁目の新宿警察署は、人間なきあと警察犬ファミリーのアジトとなっていた。
 建物内の各課――警務課、会計課、交通課、警備課、地域課、生活安全課、組織犯罪対策課、刑事課には、五百頭の警察犬ファミリーの面々が事件に備えて待機していた。
「歌舞伎町(かぶきちょう)では最近、ポン引き犬による被害犬が続出しています」
 刑事課のフロア――床に広げた地図の区役所通りとゴジラロードを肉球で押さえながら、ボクサー警部が報告を開始した。
 潰れた鼻、筋骨隆々の体躯(たいく)、厳(いか)めしい顔……ボクサーは体重三十キロほどの中型犬だ。
 聡明(そうめい)、勇敢、忠実な犬種で、シェパードやドーベルマンに劣らぬ優秀な警察犬だ。ボクサー警部のほかには、ボスのシェパード、サブボスのドーベルマン、特攻隊長のロットワイラー、ラブラドールレトリーバー警部補がお座りして厳しい表情で地図をみつめていた。
「ポン引き犬ってなんです?」
 ラブラドール警部補が訊(たず)ねた。
「馬鹿野郎っ。ポン引き犬も知らねえのか? 歌舞伎町を歩く雄犬に老齢の半グレ犬が、かわいい雌犬がいるから遊んでいかない? って、言葉巧みに声をかけて怪しげな店に連れ込むんだよ」
 ロットワイラーが呆(あき)れたように言った。
「連れ込んでどうするんですか?」
 ラブラドール警部補が質問を重ねた。
「高齢の雌が隣に座って、水とドッグフードを出されるんだ。ドッグフードを一粒でも食べた瞬間に奥から若い半グレ犬が何頭も出てきて、飯食ったんだからその分働けって脅されるんだよ。孤児犬さらいとか食料強奪とか、半グレ犬の手先にされるってわけだ」
 ロットワイラーが吐き捨てるように言った。
「公安犬の報告によれば、昨日は要求を断った柴犬(しばいぬ)が半グレ犬に袋叩(ふくろだた)きにされて内臓破裂で寿命を落としたそうです。この一ヵ月の間に公安犬から上がってきている報告だけで、同様のトラブルで寿命を奪われたり半殺しにされたりした被害犬が十頭はいます」
 ボクサー警部が報告を続けた。
「いくら自分たちの縄張りでも、最近、闘犬ファミリーのやることは目に余るな」
 ドーベルマンが、苦々しい顔で言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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