よみもの・連載

犬義なき闘い

第7回 闘犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 ドーベルマンの双眼には無数のガラス片が突き刺さり、大量の血が垂れ流れていた。
 ピットブル特攻隊長はケーキケースにぶつかりフロアに落ちたときに、ぐったりしたふりをして口の中にガラス片を仕込んでおいたのだ。
 ピットブル特攻隊長の口内も傷ついたが、闘犬なので怪我(けが)には強い体質をしていた。
「卑怯な……手を使いやがって……」
 身悶(みもだ)えながら、ドーベルマンが言った。
「殺し合いに卑怯もなにもあらへんがな。ほんまは目ん玉潰さんでもワレくらい余裕で殺せるんやけど、念には念っちゅうやつや。俺はな、チワワ一匹でも全力で殺す雄なんや」
 物音がした。
 ピットブル特攻隊長が視線を巡らせると、フロアの向こう側を横切る小さな影が見えた。
「チワワ? あのどチビがおるわけないな。ほな、そろそろお遊びは終わりや。ぶっ殺したるでーっ!」
 ピットブル特攻隊長はドーベルマンの右前肢を両前肢で押さえつけ、人間の手首に当たる手根に咬みつくと背筋を使って勢いよく頭部を上げた。
 骨が折れぶらぶらになったドーベルマンの手根を咬んだまま、ピットブル特攻隊長は頭部を激しく前後左右に振った。
 ドーベルマンは犬歯を食い縛り、激痛に耐えていた。
 手根の骨と肉と腱(けん)は咬みちぎられ、皮一枚で繋(つな)がっているだけだった。
 ピットブル特攻隊長は喰いちぎった手根を、のたうち回るドーベルマンを見下ろしながらバリバリと食べ始めた。
「なかなかうまい肉球しとるやないけ」
 ピットブル特攻隊長は爪を吐き出し、今度は右後肢の足根に咬みつき同じように喰いちぎると完食した。
 右前肢と後肢の肉球を喰いちぎられても、ドーベルマンは苦痛のときに鳴く声……セリ声を発することはなかった。
「もうワレの配下はほとんど寿命を奪われとるさかい、鳴き喚(わめ)いてええんやで? あ! 眼が潰れとるから配下の屍が見えへんか!」
 ピットブル特攻隊長は、小馬鹿にしたように言うと嘲り笑った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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