よみもの・連載

犬義なき闘い

第11回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 明治(めいじ)通りを走る警察犬ファミリーのボスであるシェパード、特攻隊長のロットワイラー、闘犬ファミリーから寝返った白狼犬(はくろうけん)の三頭の三十メートル先に、「三越(みつこし)デパート」が見えてきた。
 それぞれの背後には、総勢百五十頭の隊犬が続いていた。
 無残に変わり果てたドーベルマンとハナの姿が、シェパードの脳裏に蘇(よみがえ)った。
 シェパードは胸に広がる哀(かな)しみを、冷酷な炎で焼き払った。
「よっしゃ! デパートにカチ込んでマスチフ隊を皆殺しだ!」
 ロットワイラーが号令をかけた。
「待て」
 シェパードがロットワイラーを止めた。
「どうして止める!?」
 ロットワイラーが、むっとした顔で振り返った。
「ここで待ち伏せの作戦を取る」
「は!? なんでだ!?」
 シェパードの言葉に、ロットワイラーが血相を変えた。
「巨大犬ファミリーとの闘いを邪魔する必要はない。奴(やつ)らが出てきたところを、一斉に叩(たた)く」
「そんなまどろっこしいことしねえで、突っ込んで皆殺しにすりゃいいだろうが!」
 ロットワイラーが、苛立(いらだ)った表情で訴えた。
「もう一度言う。巨大犬ファミリーが命懸けで闘っているのを、邪魔する必要はない」
 シェパードは無表情に言った。
「ここを警備してんのは、ウルフハウンド隊のはずだ。世界一背の高い犬種だが、マスチフ隊の敵じゃねえ」
「ウルフハウンド隊が、勝つとは思っていない。一頭でも多く寿命を奪わせ、マスチフ隊の戦力ダウンを狙うのが目的だ」
「お前、いつからそんな狡賢(ずるがしこ)い雄になった? 他ファミリーの力をあてにしねえでも、俺らだけで倒せるだろうが!」
 ロットワイラーが、右前肢(みぎまえあし)の肉球でアスファルトを叩いた。
「倒せるかどうかが問題じゃない。いかに犠牲を少なくして倒せるかが重要だ。マスチフ隊を倒しても、ピットブルと土佐犬が残っている。俺らの最大目標は、奴らの頭部を取ることだ」
 シェパードが、冷え冷えとした声で言った。
「四の五の言ってねえで、デパートにカチ込めば……」
「シェパードの言う通りだ。マスチフ隊に勝てても、秋田犬隊、ピットブルテリア隊、土佐犬隊と闘わなければならない。巨大犬ファミリーでも野良猫でも、利用できるものはなんでも利用したほうがいい」
 それまで事の成り行きを静観していた白狼犬が、ロットワイラーに言った。
「くそったれ!  勝手にしろ!」
 ロットワイラーが後肢で地面を蹴り、白狼犬とシェパードに背部を向けた。
「全犬に告ぐ! いま、デパート内でマスチフ隊とウルフハウンド隊が抗争をしている! ウルフハウンド隊が出てくれば『ドン・キホーテ』に乗り込む! マスチフ隊が出てくれば総攻撃を仕掛ける! 動きがあるのは五分後かもしれないし、五時間後かもしれない。集中力を切らさず、そのときに備えろ!」
 シェパードがシェパード隊、ロットワイラー隊、狼犬隊に命じた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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