よみもの・連載

犬義なき闘い

第15回 巨大犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「失礼します」
 白く長い被毛に覆われた七十キロのグレートピレニーズが、雌の柴犬(しばいぬ)を連れてボス……セントバーナード専用のフロアに入ってきた。
 七十キロと言えばほかのファミリーならば超大型犬だが、百三十キロのセントバーナードや百キロのニューファンドランドがいる巨大犬ファミリーの中では小柄なほうだった。
 巨大犬ファミリーは、大型スーパーだった店舗をアジトにしていた。建物は地下二階、地上五階建てで、それぞれのフロアは広大なスペースなので超大型犬の集まりには最適な空間だった。
 世界最重量犬種のセントバーナードは雪山救助犬として有名で、雪深い山岳地帯の遭難者を救助する無尽蔵のスタミナがあった。
 幹部犬も、軍用犬のグレートデンと家畜を狼(おおかみ)から守っていたアイリッシュウルフハウンドは世界で一位と二位を争う体高の持ち主で、二頭とも後ろ肢で立つと百八十センチほどになる。中でもサブボスのグレートデンは図抜けて大きく、体長は二メートルを超える。
 カナダの海難救助犬のニューファンドランドもセントバーナードに次ぐ重さで、全身真っ黒の長毛に覆われているので人間がいた時代はよく熊に間違われていた。
 地下二階の日用雑貨と衣類が売られていたフロアを、セントバーナードは使用していた。一頭で広大なスペースを独占しているわけではない。
 セントバーナードのもとには、多いときで一日二十頭以上の相談犬が訪れる。
「どうぞ、楽にしてください」
 特大のクッションにお座りしたセントバーナードが、柴犬を目の前のクッションに促した。
 柴犬は尾を垂らし、震えながらクッションにお座りした。
 柴犬は六歳を超えていそうな中年犬だった。
 背中に複数の咬(か)み傷があり、顔も腫れていた。
「彼女は日常的に、夫にひどい暴力を受けているようです」
 幹部のグレートピレニーズが、相談犬のトラブルを伝えた。
 グレートピレニーズはフランス原産の牧羊犬で、白熊のような大らかなイメージとは裏腹に警戒心の強い性質をしていた。巨体だが持久力に富み、セントバーナードの信頼も厚かった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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