よみもの・連載

犬義なき闘い

第20回 闘犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「パパ! パパ! 眼を開けてくだしゃい! 眼を開けてくだしゃい!」
「パパが血塗(ちまみ)れでしゅ! 頭が割れて痛そうでしゅ!」
 歌舞伎町の区役所通り――居酒屋の前で事切れた黒い被毛の雑種犬に覆い被(かぶ)さり泣き喚(わめ)く二匹のパピーを認めた、秋田犬若頭は肢を止めた。
 秋田犬若頭に続いていた、三十頭の隊犬も立ち止まった。
 父親と思(おぼ)しき黒雑種犬の四肢の骨と肋骨(ろっこつ)は皮膚を突き破り、陥没した頭蓋骨からは脳漿(のうしょう)が垂れ流れていた。
 二匹のパピーは生後三ヵ月ほどで、父親同様に黒い被毛だった。
「坊や達、パパは誰にやられた?」
 秋田犬若頭には、だいたいの見当はついていたがパピーに訊ねた。
「ほっぺたがぶるぶるの大きなおじしゃんが……パパをぶんぶん振り回して遊んでまちた……」
「ほっぺたがだぶだぶの大きなおじしゃんが……パパを投げ飛ばちて遊んでまちた……」
 パピー達が、しゃくり上げながら言った。
 土佐犬組長……予想通りだった。
「おじしゃん! パパがずっと寝てまちゅ! パパを起こちてくだしゃい! お願いでしゅ!」
「おじしゃん! パパが壊れてましゅ! パパの肢の骨と頭の骨をくっつけてくだしゃい! お願いでしゅ!」
 二匹のパピーが鼻水を垂らしながら、秋田犬若頭の前肢にしがみついてきた。
「おい、この子達の父犬を中に運べ」
 秋田犬若頭は振り返り、隊犬達に命じた。
「坊や達も中に……」
 居酒屋の店内に入った秋田犬若頭は、肢を止めた。秋田犬若頭の視線の先……ミニチュアシュナウザーの老夫婦の血塗れの屍(しかばね)が転がっていた。
「坊や達、腹が減ってるだろう?」
 秋田犬若頭が店から出て訊ねると、パピー達が頷いた。
「じゃあ、お兄さんたちに美味(おい)しい物が食べられるところに連れて行って貰いな」
「お店に入らないでしゅか?」
「シュナウザー爺(じい)やと婆(ばあ)やにウマウマを貰いましゅ」
 店に入ろうとする二匹を、秋田犬若頭は止めた。
「ここの食べ物は、なくなったよ。お前、この子達を区役所通りのチャウチャウおばさんのところに連れて行って、なにか食べさせてあげてくれ」

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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