よみもの・連載

犬義なき闘い

第24回 愛玩犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 新宿二丁目のゲイバーだった地下――二十坪のフロアが、元愛玩犬ファミリーのアジトだった。以前は「伊勢丹(いせたん)デパート」をアジトにしていたが、闘犬ファミリーにあっさりと奪われてしまった。
 チワワはダンベル代わりの発泡スチロールの切れ端を咥(くわ)えて、一メートルの間隔で向き合うボックスソファに跳び移っては戻ることを繰り返した。
 二往復、三往復、四往復……息が荒くなり、太腿(ふともも)の筋肉が強張(こわば)った。
 チワワは往復跳びをしながら、横目で出入口を見た。
 誰もこない。もうそろそろ、散歩から戻ってきてもいい時間だ。
 五往復、六往復、七往復……犬歯を食い縛り、ソファの往復跳びを続けた。
 チワワは、横目で出入口を見た。
 まだ、誰もこない。
 早く戻ってこい! このままだと、身体(からだ)がもたない……。
 八往復、九往復……。十往復目で、視界の端にトイプードル、ミニチュアダックスフンド、フレンチブルドッグ、パグの姿が入ってきた。
「お疲れ様です!」
 チワワはトイプーの挨拶に気づかない振りをして、ソファから下りると落ちていたタオルを咥えて高速で頭部を左右に振った。
「ボス! ただいま戻りました!」
 ミニチュアダックスの声に、初めて気づいたふうにチワワは高速で振っていた頭部の動きを止めた。
「なんだ、戻ってたのか? トレーニングに夢中になってて気づかなかったよ」
 チワワはタオルを放して、トイプーとミニチュアダックスを振り返った。
「ボスは、散歩にも行かないでトレーニングをしているなんてストイックですね!」
 トイプーは尊敬の眼差(まなざ)しで声を弾ませた。
「もしかして、僕達が散歩していた一時間、ずっとトレーニングをしていたんですか?」
 ミニチュアダックスが驚いた顔で、チワワに訊(たず)ねてきた。
「まあ、昔からのルーティンになっていることだからさ。僕が新宿の狂犬と呼ばれていた時代には、喧嘩(けんか)がトレーニング代わりだったけどね」
 チワワはクールダウンをしているふうを装い、フロアを歩き回りながら涼しい顔で言った。四頭が戻ってくる時間に合わせて十分しか動いていないのに、本当は息が上がり四肢が震えていた。
 歩き回っているのは、前肢(まえあし)の震えを悟られないためだった。
「一時間なんて嘘(うそ)ぶふ〜。俺達にトレーニングしているところを見せたくて、十分くらい前から始めたに決まってるぶふ」
 フレブルが皮肉っぽい口調で言った。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

Back number