よみもの・連載

犬義なき闘い

第26回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 絹のような純白な被毛を靡(なび)かせた白狼犬が、百頭の隊犬を従えて大久保の街を疾走していた。
 シェパードボスの恋犬のマリーを救うためだ。
「これはシェパードボスの問題です。シェパードボスが救出に行かないと決断したのに、隊長が行く必要があるんでしょうか?」
 白狼犬の真後ろを走っていたグレーの被毛の副隊長が訊ねてきた。
「俺の問題でもある。不服なら、引き返せ」
 白狼犬は、低く短く言った。
「どうして、隊長の問題なんですか? 奴らはマリーという雌犬を使ってシェパードを誘(おび)き出すのが目的で……」
「俺の謀反が、すべての始まりだ」
 白狼犬は副隊長を遮り言った。

 ――お前、どうしちまったんだ!? 本気で、マリーちゃんを見殺しにする気か!?
 ――その話をする気はない。
 ――お前の婚約犬だろ!? いまからでも遅くねえ! 「ハイジア」に乗り込んで、マリーちゃんを救出するぞ!
 ――奴らは犬質としてマリーに価値があると考えた。危険を冒して救出に行くことは、奴らの思う壺(つぼ)だ。だから、マリーに価値を与えてはならない。
 ――お前、本当に別犬になっちまったな。

 白狼犬の脳裏に、シェパードとロットワイラーのやり取りが蘇(よみがえ)った。
 副隊長に言った通りに、マリーがさらわれたのは自分の謀反が原因だ。シェパードが恋犬を見捨てて悪犬に徹したのも、ファミリーを守るためだ。
 闘犬ファミリーの恨みを買うのを覚悟の上で白狼犬を受け入れてくれた恩に報いるためにも、マリーの寿命を奪わせてはならない。
 白狼犬は「健康プラザハイジア」の十メートル手前で肢を止めた。
「いいか! よく聞け! 俺と七十頭の隊犬が、土佐犬隊とピットブル隊を襲撃する! 副隊長の隊の三十頭は、その隙にシェパードの雌を救出するんだ!」
 百頭の隊犬が、一斉に吠(ほ)えた。
「いざ、出陣!」
 白狼犬は遠吠えを上げると、「健康プラザハイジア」のエントランスに突入した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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