よみもの・連載

犬義なき闘い

第27回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「お前、本当にマリーちゃんを救出しない気か!?」
 新宿警察署の刑事課フロア――スチールデスクの上に四本の肢(あし)で立ったサブボスのロットワイラーが、隣のデスクでステンレスボウルの水を飲んでいるシェパードボスに言った。
 シェパードボスはロットワイラーの声など聞こえないとでもいうように、水を飲み続けた。
「おいっ、聞いてんのか!」
 ロットワイラーが前肢(まえあし)でステンレスボウルを弾(はじ)き飛ばした。
「サブボス! 落ち着いてください!」
 ボクサー警部補がロットワイラーを宥(なだ)め、ラブラドール警部補が床に転がったステンレスボウルを口で拾った。
「てめえらは口を出すんじゃねえ!」
 ロットワイラーがボクサー警部補を一喝した。
「お前こそ、俺の言ったことを聞いてなかったのか? 何度も言わせるな」
 シェパードボスは冷え冷えとした声で言うと、髭(ひげ)についた水を舌で舐(な)め取った。
「てめえって犬は、変わっちまったな。見損なったぜ! もういい! てめえが行かねえなら俺が……」
「大変です!」
 灰色狼(おおかみ)犬が切迫した表情でフロアに飛び込んできた。口にレジ袋をくわえた黒狼犬が、あとに続いて入ってきた。
「どうした!? いま忙しい……」
「これを見てください!」
 灰色狼犬がロットワイラーを遮り言うと、黒狼犬がレジ袋を床に置いた。
「なんだ? そりゃ?」
 ロットワイラーが怪訝(けげん)な表情で訊(たず)ねた。
 ボクサー警部補とラブラドール警部補がレジ袋に寄ってきた。
 灰色狼犬が涙を流しながら、レジ袋の端をくわえ中身を出した。
「これは……」
 ロットワイラーが絶句し、ボクサー警部補とラブラドール警部補が悲鳴を上げた。
 床に転がったのは、血染めの白狼(はくろう)犬の頭部だった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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