よみもの・連載

犬義なき闘い

第29回 愛玩犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「まったく、冷や冷やしたぜ。あいつら喧嘩だけの馬鹿犬のくせに、頭回しやがって。馬鹿犬は馬鹿犬らしく、疑いなく騙(だま)されてりゃいいんだよ」
「健康プラザハイジア」を出たチワワは、毒づきながら区役所通りを歩いていた。
 背後に気配がした。
 チワワは肢を止めずに黒目だけ動かし、雑居ビルのガラス扉に視線をやった。ガラス扉――チワワの背後に映る一頭の土佐犬。
 チワワは舌打ちした。
 二丁目のゲイバーのアジトで、一時間後にシェパードボスと待ち合わせしていた。アジトに土佐犬を連れて行くわけにはいかない。
 かといって、みえみえに撒(ま)いてしまえばなにかを企んでいると教えるようなものだ。
 チワワは路上に落ちていた新聞紙をくわえ、古い雑居ビルに入った。尾行していた土佐犬が、ガラス扉越しにチワワの様子を窺(うかが)っていた。
 チワワは土佐犬に見える位置……エントランスに新聞紙を敷いた。
「あ〜疲れた〜。二、三時間昼寝しよう〜っと」
 チワワは外まで聞こえる大声で言いながら仰向けになった。眼を閉じ、鼾(いびき)をかいて見せた。
 狸(たぬき)寝入りをしながら、チワワは目まぐるしく思考を巡らせた。
 闘犬ファミリーのほうはなんとかなりそうだ。
 何百頭の隊犬を連れてきても、喰い意地が張っている土佐犬組長とピットブル特攻隊長はライブハウスに自分たちだけで乗り込むだろう。隊犬を地下室に入れるのは、空腹を満たしてからに違いない。それぞれが単独でいるところを、警察犬ファミリーと巨大犬ファミリーに襲撃させれば……いや、だめだ。
 安直な考えでピットブル特攻隊長を襲撃すれば返り討ちにあう可能性が高い。
 土佐犬組長とピットブル特攻隊長を一ヵ所に誘き寄せ、警察犬ファミリーと巨大犬ファミリーの連合隊に襲撃させるほうが確実だ。
 土佐犬組長には明日、保管場所が一ヵ所になったと伝えればいいだけの話だ。
 シェパードボスは頭が切れる雄なので、逆にチワワと同じ考えを提案してくるに違いない。
 もし提案してこなければ、そうなるように促せばいい。
 頭脳戦では、どの犬にも負ける気はしなかった。その証拠に、みな、チワワのことを無力なホラ吹き犬だと信じて疑わない。
 シェパードボスも土佐犬組長も、チワワのことを互いに敵ファミリーのスパイではないかと疑ってはいるが、本当の狙いを知らない。
 本当の狙い――チワワファミリーの新宿制覇。チワワの悲願を達成するためには、シェパードボスをシナリオ通りに動かさなければならない。
 チワワは薄目を開けた。
 土佐犬の姿はなかった。
「やっぱり、図体(ずうたい)はでかくても脳みそはスカスカだな」
 チワワは薄笑いを浮かべながら起き上がると、ビルの裏口に向かった。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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