第32回 闘犬ファミリー
新堂冬樹Fuyuki Shindou
「ま〜つさ〜かぎゅう〜♪ ま〜つさ〜かぎゅう〜♪」
新宿歌舞伎町(かぶきちょう)――ピットブル特攻隊長がウキウキと鼻唄をくちずさみながら、さくら通りを闊歩(かっぽ)していた。
「おい、恥ずかしいき、妙な歌はやめるがや」
隣を歩く土佐(とさ)犬組長が、ピットブル特攻隊長を窘(たしな)めるように言った。
「せやかて、松阪(まつさか)牛でっせ!? 親分かて、さっきから頬肉が緩んでますやないか?」
「頬肉が緩んどるのは生まれつきぜよ」
土佐犬組長は冗談で切り返した。
たしかに、久々の高級牛肉に土佐犬組長の心は弾んでいた。だが、気は抜いていなかった。
土佐犬隊とピットブル隊の隊長以下、二十頭の隊犬を万が一のために率いてきた。万が一のため――警察犬ファミリーの襲撃。
チワワが裏切ったときのことを考えると、本当はもっと頭数を揃(そろ)えたかった。だが、頭数が増えると松阪牛の取りぶんも減ってしまう。
もちろん、警察犬ファミリーが襲撃してくる可能性が高いならば取りぶん云々(うんぬん)は考えずに百頭でも二百頭でも集めたが、あくまでも万が一の可能性だ。
チワワは、闘犬ファミリーの恐ろしさを知っている。命懸けで裏切る度胸など、あるはずがなかった。
「どチビ出目金犬! ワレ! どこまで歩かせる気や! まだ着かへんのか!」
先頭を歩くチワワに、ピットブル特攻隊長がいら立った声で訊(たず)ねた。
「どこまでって……まだ、アジトを出て四、五十メートルしか歩いて……」
「じゃかましいわ! ワレ、松阪牛より先に喰(く)われたいんか!」
ピットブル特攻隊長が、チワワに怒声を浴びせた。
「すすすす、すみません! あの、黒い壁の建物です!」
慌ててチワワが、右前肢(あし)で二十メートル先のライブハウスを指した。
「よし、おんしらは、わしらが中にいる間、建物の周囲を警護するぜよ。おかしな動きがあったら、おんしが報告にくるがや」
土佐犬組長が命じると、土佐犬隊長がバウ! と吠(ほ)えた。
「ええか!? きっちり警護したら、ワレらの肉もぎょうさん残してやるさかい、気ぃ引き締めろや!」
ピットブル特攻隊長が命じると、隊犬達が声を揃えて吠えた。
「はよう松阪牛のところに案内するがや」
土佐犬組長が涎(よだれ)を垂らしながら、チワワを促した。
- プロフィール
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新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。
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- ★おまけ
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- 第43回 愛玩犬ファミリー
- 第42回 警察犬ファミリー
- 第41回 闘犬ファミリー
- 第40回 警察犬ファミリー
- 第39回 闘犬ファミリー
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- 第37回 愛玩犬ファミリー
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- 第21回 警察犬ファミリー(続きから)
- 第21回 警察犬ファミリー
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