よみもの・連載

犬義なき闘い

第38回 警察犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 逆さになった視界――ピットブルテリア特攻隊長が迫ってきた。
 シェパードボスは、敢(あ)えて仰向けになったままピットブル特攻隊長の攻撃を待った。
 闘いでは敵に腹部を見せるなどありえないことだが、形勢逆転するにはリスクを背負うしかない。
「どないした! おら! 絶対服従かい!? おお!? 腹見せたくらいで、わしがワレを許すわけないやろうが!」
 狂気の笑みを浮かべつつ、ピットブル特攻隊長が突進してきた。三メートル、二メートル、一メートル、五十センチ……。
「腹を咬(か)み裂いたるわい!  ポリ犬! 死ねやーっ!」
 ピットブル特攻隊長がシェパードボスの真上にきた瞬間――シェパードボスは背筋を使って起き上がり、ピットブル特攻隊長の喉を咬んだ。
「嵌(は)めたんか……」
 ピットブル特攻隊長が苦しげな声を絞り出した。
 シェパードボスは起き上がり、後肢(うしろあし)で立ち上がるとピットブル特攻隊長を床に叩(たた)きつけた。
「これは、お前に苦しめられてきた住犬達のぶん!」
 二度、三度、四度、五度、六度、七度、八度……シェパードボスは、ピットブル特攻隊長を繰り返し叩きつけた。
 窮地に立たされているロットワイラーが気になったが、いまはピットブル特攻隊長を仕留めることで精一杯だ。
 少しでも気を緩めれば反撃を食らい、寿命を落としてしまう。
 ピットブル特攻隊長の口から飛散した鮮血で、シェパードボスの顔面は赤く染まった。
 床の血溜(ちだ)まりには、折れた歯が浮いていた。
「これは……」
 シェパードボスがピットブル特攻隊長の喉を咬んだまま跳躍した。
「ハナとドーベルマンのぶんだ!」
 シェパードボスは叫びながら、ピットブル特攻隊長の脳天を下に向けたまま落下した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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