よみもの・連載

犬義なき闘い

第41回 闘犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 シェパードボスの二発目の頭突きを受けた土佐犬組長の内臓に激痛が走り、肢元に大量の血溜まりができた。
 体の中で、内臓の破れる感触が断続的に広がった。

 なにをやっている? どうして避(よ)けない? どうして攻撃しない?
 いまからでも遅くない。相手もかなりの痛手を負っている。
 シェパードボスが突進してきたら、反撃して咬み殺すんだ!

 土佐犬組長の脳内で声がした。
 土佐犬組長は首を巡らせた。
 苦しげにパンティングを繰り返すシェパードボスの大きく開く口からは、ひっきりなしに赤い唾液が垂れ落ちていた。
 たしかに、シェパードボスも気息奄々(きそくえんえん)だった。
 手負いの土佐犬組長の余力でも、十分に倒せるだろう。
 これまで、数えきれない犬達を犬歯にかけてきた。シェパードボスも同じ……過去に寿命を奪ってきた犬達の中の一頭に過ぎない。
 ピットブル特攻隊長の仇を討つ!
 土佐犬組長は、自らを奮い立たせた。
 シェパードボスが犬歯を食い縛り、突進してきた。六メートル、五メートル、四メートル……。

 ――いいか? 龍馬はあと数ヶ月もすれば、パパより大きくなる。お前は遊んでいるつもりでも、相手の犬に致命傷を与えてしまうかもしれない。それほど、龍馬は力持ちになる。その力を悪いことに使わずに、弱い犬を助けることに使ってほしい。

 鼓膜に蘇るパパの声が、土佐犬組長の心をノックした。
 必死の形相のシェパードボスが迫ってきた。三メートル、二メートル、一メートル……。
 土佐犬組長は眼を閉じた。
 脇腹に物凄い激痛――土佐犬組長の腹の中で、なにかが破裂した。
 スローモーションのように、土佐犬組長が転倒し床が揺れた。
 直後に、ふたたび床が揺れた。

 パパ、約束守ったよ……。

 瞼(まぶた)の裏に、眼を細めたパパの顔が浮かんだ。
 土佐犬組長が大好きな、パパの笑顔が……。

 うん、よく我慢したな。こっちにおいで。

 両手を広げるパパの胸に、土佐犬組長は飛び込んだ。
 懐かしい腕の感触……懐かしい匂いに包まれて、土佐犬組長は永遠の眠りについた。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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