よみもの・連載

犬義なき闘い

第43回 愛玩犬ファミリー

新堂冬樹Fuyuki Shindou

「外に出たくても、あのデブ犬が挟まってるから出られないのさ! 外に出られたら、いま頃ここは火の海で、お前らみんな焼け死んでるんだからな!」
 チワワは毒づきながら、ライブハウスを出た。
「えっ……」
 セントバーナードボスの巨体が、地響きとともに階段から転げ落ちてきた。
「危ない! 避けろ!」
 階段の上から、グレートデンサブボスが叫んだ。
 チワワは寸前のところで、セントバーナードボスを躱した。
 内臓にまで響く衝撃音――セントバーナードボスが、階段下の壁に衝突した。
 チワワは震える息を吐いた。あと数秒反応が遅れていたら、潰されていた。
「ボス! 大丈夫ですか!?」
 グレートデンサブボスが叫びながら、階段を駆け下りた。
 チワワは、障害物のなくなった階段を見上げた。
 ライブハウスには満身創痍のシェパードボスとロットワイラー、階段下には動けないセントバーナードボスと気遣うグレートデンサブボス……チワワ帝国を作る絶好のチャンスだ。
 チワワは階段を駆け上がった。
「ボス!」
 トイプードルがチワワを認めて駆け寄ってきた。
「用意はできてるか?」
 チワワは囁(ささや)き声(ごえ)で訊(たず)ねた。
 五、六メートル先には、警察犬ファミリーと巨大犬ファミリーの隊犬達が警備にあたっていた。
 だが、彼らは闘犬ファミリーの隊犬達の襲撃に備えて全員ライブハウスに尻を向けていた。
 一頭として、体重が二キロにも満たないチワワに注意を払っている犬はいない。
「あそこに、ガソリンと新聞紙とライターを用意してます」
 トイプードルが、スタジオに続く階段の傍(そば)……青いビニールシートに視線を投げながら囁き返した。

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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