よみもの・連載

犬義なき闘い

★おまけ

新堂冬樹Fuyuki Shindou

 地面、ビルのエントランス、駐車場……チワワは、せり出した眼で食物を探した。
 逃亡してからの一ヶ月――チワワは、高田馬場(たかだのばば)、西早稲田(にしわせだ)、戸山(とやま)、山吹町(やまぶきちょう)を放浪し、十五分前に曙橋(あけぼのばし)に入った。
 西新宿(にししんじゅく)や歌舞伎町(かぶきちょう)と違い犬はいなかったが、餌もほとんどなかった。
 逃亡生活でチワワが口にしたのは、カチカチのパンと魚の骨に付着した僅かな身、公園に生えていたキノコくらいのものだった。
 なんとか動けているのは、雨水で水分を補給できていたからだ。
 空腹に負けて歌舞伎町に引き返そうと思ったが、ロットワイラーが待ち受ける街に戻るのは自殺行為なので思い止(とど)まった。
「あれは……」
 二十メートル先に、公園があった。
「公園なら、なにか食べ物があるかもしれない! 最悪でも、キノコや虫を食べればいい!」
 チワワは公園に肢を踏み入れ、首を巡らせた。
「食べ物……食べ物……食べ……あ!」
 チワワの視線の先――ベンチの下に、鶏肉(とりにく)らしき肉塊が落ちていた。
「神様! ありがとう!」
 チワワはベンチに向かって駆けた。
 まともな食餌(しょくじ)にありつけるのは、久しぶりだった。
 肉塊は、やはり鶏肉だった。
「俺様のおやつに、なにしてるニャー?」
 背後から、聞きなれない声がした。
 恐る恐る振り返ったチワワは、息を呑んだ。
 チワワより一回り大きな黒猫を先頭に、三十匹ほどの黒い野良猫が駆け寄りチワワを取り囲んだ。
「俺っちは、黒猫ファミリーのボス、タマっていうニャー! 犬が、俺っちの縄張り荒らして無事に帰れると思うなニャー! シャー!」
 ボスのタマが、毛を逆立てチワワを威嚇した。
「おおお、俺を誰だと思ってる? 土佐犬やピットブルテリアを血祭りにあげた新宿の狂犬……」
「そんなの知らないニャー! お前ら、侵入犬はズタズタに引き裂くニャー!」
 タマの号令に、配下の猫達が襲いかかってきた。
 前門のロットワイラーに後門の黒猫軍団。
 進むも地獄、退くも地獄なら同胞のほうがましだ。
「ロットワイラー! 助けてくれー!」
 チワワは叫びながら、歌舞伎町方面に向かってダッシュした。

(完)

プロフィール

新堂冬樹(しんどう・ふゆき) 小説家。実業家。映画監督。98年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から、“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無闇地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『黒い太陽』『枕女王』など、著書多数。芸能プロダクション「新堂プロ」も経営し、その活動は多岐にわたる。

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