第五章 千歳
八木澤高明Takaaki Yagisawa
「千歳の駅前は野原だったと聞いています。米兵が駐留してから、ぽつりぽつりと、派手な電灯をつけた店が建つようになって、パンパンの人も多かったそうです。米兵だけじゃなくて、日本人の男たちもパンパンと遊んで、妻子を捨てて逃げたなんて話もよくあったみたいですよ」
私は、北海道千歳市にある喫茶店にいた。外壁と内壁はレンガ作りで重厚さを感じさせるが、差し込む外光が、店内に程よい明るさをもたらし、何とも居心地がよい。話を聞いたのは、店の経営者である鈴木英範さん。一般の人からしてみれば、千歳の恥部ともいうべきことを聞いているのだが、鈴木さんは嫌な顔ひとつせず、落ち着いた口調で話してくれたのだった。
「店の後ろには、旅館があったんですよ。老夫婦が経営していました。ただ、旅館とは名ばかりで、娼婦の人を置いていて、そういった商売をされていたんですけど、今では駐車場になっています。建物は去年ぐらいまで残っていたんですけどね」
古い木造建築は、次々と壊されていて、かつての色街の匂いは、ここ数年で急速に消えているという。
鈴木さんの年齢は七十八歳で、生まれは千歳ではなく、昭和四十年代に千歳で店を出した。その頃米兵相手の売春は消えていたが、娼婦を置いた旅館が点在するなど、色街の空気は濃厚に残っていたという。店は千歳市内の清水町というところにあるが、米軍が進駐していた時代には、賑やかな繁華街であった。今でも、スナックや居酒屋などが目につくが、店を出した頃は、自衛隊相手の商売で繁華街は今以上に賑やかだったという。