第一回
安田依央Io Yasuda
箱の中にいた。
少年の身体がようやく収まる程度の窮屈な木箱だ。不自然な形で手足を折り曲げている。指も唇も乾燥してカサカサだ。絶え間なく砂が流れ込んできて口の中でざりざりと音を立てた。
エンジン全開で砂漠を走る車は車体を激しく揺すり、バウンドを繰り返す。木箱の中で少年はあちこち身体を打ち付けていた。
その時だ。耳をつんざく爆発音が轟く。
絶え間ない銃声、異国の言葉、怒号。
次の瞬間、ドンと突き上げるような衝撃があり、木箱ごと逆さに投げ出された。
衝撃のせいか木箱が歪み隙間ができたようで外の景色が細く見える。
見知った男の顔が近づいてくるのが見え、ほっとした瞬間だ。太陽を受け刃物がぎらりと光る。ブンッと空気を切る音がして、男の首が飛んだ。こちらに笑いかけようとした不器用な笑顔そのままに。彼の血で視界が真っ赤に染まっていく――。
「うわあぁっ」
久遠航太(くどおこうた)は跳ね起きた。心臓が激しく波打ち本当に絶叫した後みたいに喉が痛む。
「またあの夢か……」
ロフト型になったベッドの上で顔をこすって、ぶるぶると首を振る。
いつ頃からだっただろう。航太は同じ夢を何度も見るようになっていた。
木箱に入っているのも、砂漠で人の首が飛ぶのも謎だ。何かの映画で見たシーンだろうかと思うが、思い出せない。
何よりも、目覚めた後には決まって凄まじい絶望感が残っているのだ。
ひどく悲しく、心細かった。
時刻を見ると朝の四時だ。まだ早いがとても寝直すことはできそうにないので、ロフトベッドのハシゴを下りて顔を洗うことにした。
窓辺に置いたストームグラスを見ると、白い結晶が大きく育っている。
「ん、調子いいな」
少し気分が良くなった。
ストームグラスとはガラス容器に液体が満たされていて、天候の変化によって中の結晶が形を変える神秘的なオブジェだ。
昔は天気予報に使われていたというが、正直何をどう見るのか分からない。ただ、目を離した隙に勝手に形を変えているのが楽しくて航太は気に入っている。ペットを飼うことが難しい今、自分以外の何かが部屋にいるような気がして寂しさが紛れるのだ。
- プロフィール
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安田依央(やすだ・いお) 大阪府生まれ。『たぶらかし』で第23回小説すばる新人賞を受賞。
他の著書に『終活ファッションショー』、『ひと喰い介護』、「人形つかい小梅の事件簿」シリーズ、「出張料理・おりおり堂」シリーズがある。
ミュージシャン、司法書士など、さまざまな顔を持つ。